由比の町並み、薩埵峠とネコと桜海老
「親知らず・子知らず」の難所から眺める絶景 歌川広重(安藤広重)の描いた「東海道五十三次」。浮世絵に描かれた江戸時代の東海道沿いの情緒ある美しい風景の数々は、170年以上経った今日、大きく様相を変え、今やその殆どが往時の
続きを読む「宿場町」とは、「宿場」を中心に街道沿いに発展した町のこと。「宿場」は、江戸時代に、東海道・日光街道・奥州街道・中山道(中仙道)・甲州街道の五街道や脇往還(五街道以外の主要な街道)において、人の移動や、物資輸送、連絡業務のための人馬や宿の整備の為、公に設定された町場で、古くからあった駅家(えきか/うまや)や伝馬の制度をさらに整備したもの。身分の高い武士や公家が宿泊した本陣を中心に、脇本陣、旅籠、木賃宿などが並び、商店や茶屋もあった。
明治維新後の鉄道の開通や自動車の普及などにより、衰退した箇所も多く、天災や火事、戦争、および時代の流れの中で建物が近代的なものに建て替えられたりと、その様相を大きく変えてしまった場所も少なくないが、その一方で往時の姿を今に伝えるような建物や、高札場、井戸などの史跡・旧跡が今も多く残っている場所もある。
「親知らず・子知らず」の難所から眺める絶景 歌川広重(安藤広重)の描いた「東海道五十三次」。浮世絵に描かれた江戸時代の東海道沿いの情緒ある美しい風景の数々は、170年以上経った今日、大きく様相を変え、今やその殆どが往時の
続きを読む南会津の宿場町 現代はどこもかしこも舗装されていて、相当の僻地へも車で行けてしまう。そして、どこへいっても大概「宿」があり、食事にもありつける。江戸時代と比較してみると、一日あたりの移動距離はとてつもなく延びた。人が歩く
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