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小笠原諸島 母島 小富士

小笠原諸島 母島 小富士

日本国内に数ある郷土富士の中でも、おそらく最も遠い場所にある郷土富士が、この母島の小富士。北緯26度・東経142度にある日本最南端の郷土富士だ。毎年、日本で一番早い初日の出を拝むために人々が訪れる場所でもある。そんな小笠原の郷土富士「小富士」から見る風景をお届けしよう。

小富士の場所

小笠原諸島 母島 小富士

父島と母島を結ぶフェリー「ははじま丸」は母島の西側にある沖港に入港するが、港に近づくにつれ遙か前方、島の突端に、お椀をひっくり返したような可愛らしい形をした山が見えてくる。それが日本最南端にある郷土富士「小富士」だ。場所は島の最南端。沖港から車で15分ほど都道を走り、終点から遊歩道(山道)を徒歩でおよそ一時間。

母島までは、東京港(竹芝桟橋)から父島までフェリーおがさわら丸で25時間半。父島で「ははじま丸」に乗り換え2時間。

ははじま丸から見た小富士

日本最南端の郷土富士から見る風景

耳元でカエルの鳴き声がして目が覚めた。昨夜は窓際のトカゲの鳴き声がやかましかったが、今朝はカエルか・・・とボンヤリした頭でiPhoneを見る。四時だ。カエルの鳴き声の主もこれだった。そう、目覚まし音がカエルの鳴き声だったのを忘れていた。布団から這い出してトイレに行き、その後顔を洗う。階下ではすでに宿のおかみさんが起きてテレビを見ていた。

昨夜。明日は朝から出かけるので、朝食はいらない旨伝えると「それなら、おにぎりを作ってあげる」と言う。夜明け前に宿を出るから、申し訳ないと固辞すると、何言ってるのとばかりに「私は漁師のおっかあだから、大丈夫よ、わっはっは。」と呵呵大笑。そんな昨夜の会話通り、テーブルの上にはすでにおにぎりがちゃんと用意されていた。さすが、漁師のおかみさん、伊達じゃない。

朝の挨拶をし、礼を述べておにぎりを袋に入れると、「ガスが出てるから、気をつけて」とおかみさん。さらに、あれこれと注意を促され、気をつけなさいともう一度念を押されてから、宿を出る。それは決して、煩いというのではないが、その妙に面倒見のいい理由が判明したのも昨夜のこと。テーブルで一人夕食をとっていると、近所に住んでいるのであろう、息子さんらしき男性が仕事終わりに晩御飯を食べにきたのだ。その男性への口調とまったく一緒。同じくらいの年格好の男は息子みたいなものなのだろう。

バイクのシートはしっとりと夜露に濡れていた。軽く手で払ってからエンジンをかける。遠くでニワトリが鳴いている。ワンキックでエンジンが唸りをあげた。ブルル、まだ暗い夜の町を走りぬける。町といっても、それほど沢山の家があるわけではない。集落といったほうが近いだろうか。角を二つ曲がって間もなく民家はなくなった。あとはひたすら一本道だ。

道はガスっている。よくも悪くもバイクの皮膚感は車のそれとは比較にならない。普段、夜中の道を走る時は、もっぱら車だから今までついぞ感じた事はなかったが、バイクは全身を露出しているだけあって、(当たり前だが、)空気を体に直接感じる。両側は薄暗いジャングル然とした鬱蒼と茂る森。暗闇の中にヘッドライトに照らし出された一本道が続く。肌にぴりっと緊張が走り、背筋がぴんとする。車では感じる事のない新鮮な緊張感。やはり、バイクだといざという時に守られないからか。それとも朝まだきの闇の中でざわめく南国の木々のせいか。

慣れない道とガスの為にゆっくり走ったがそれでも十分程で道は行き止まりになった。

都道南側終点(露光補正をして実際よりも明るく撮影)

相変わらずあたりは薄暗く、上を見上げて目を凝らすと、空は雲に覆われている。朝日は難しいかな。暗闇の中に吸い込まれるような山道を見て、少しだけ億劫になった。しかし、ここまで来たらとりあえず行くしかない。エンジンを止め、メットを置き、靴紐を結び直して歩き出した。

ざくっざくっという足音。道には朴葉のような形をしたモモタマナの葉が沢山落ちている。両側には、タコノキやヤシなどの尖った葉を持つ南国特有の木々が生い茂る。足元に繁茂するのはシダ類。母島の植生は湿性高木林(中部から北部に多く見られる)と乾性低木林(南部)と呼ばれる独特のもの。海からの湿った風や夏季の乾燥、台風による木々の更新など、小笠原ならではの気候と環境が豊かな植生を作り上げている。世界的に見ても貴重な固有種の木々が多い、独自の森林生態系が成立しているのだ。

とはいえ、明るいところでみれば生命に満ち溢れているように見えるかもしれないこのジャングルのような森も、夜の闇の中では、ややもすると荒涼殺伐としているようにさえ感じられる。生き物としての恐怖心。一個の動物としての弱さ。普段歩く本州の山とは植生が違う分、空気感は異質だが、それでも暗い山道を歩く時に感じるぴりりとした緊張感に変わりはない。誰かが世の中で一番怖いのは人間だと言っていた。それに異論はないが、やはり暗い森の中では、ヒトに限らず何だって怖い。

遊歩道(同上)

朧な恐怖と緊張を振り払う様にガシガシと歩いて行く。歩き進むにつれ、少しずつ目が慣れてきた。徐々にあたりが明るくなってきたせいもあるだろう、周りが次第に見えてくる。薄明かりが、岩に滲み入る清水の様に、徐々に世界に滲みてきた。ふと、目の前を鳥が歩くのが目に入った。近づくと前方へと少しだけ飛んで逃げ、またヨチヨチと歩く。写真を撮ろうと思ったが、さすがに暗すぎて撮れない。鳥はまるで、行くべき方向を示すように幾度か前方に飛び跳ねた後、森の中に消えていった。

物言わぬ森は茫々として、薄暗い世界へ誘(いざな)うように口を開いている。道はアップダウンの繰り返しだ。所々に看板があり、浜の名前などが書いてあるのが見て取れる。右に左にくねりながら、上り下りを繰り返し、ひたすら進んでゆく。葉擦れの音と鳥の鳴き声。がさごそと道の傍らで音がするのはオカヤドカリだろうか。時折立ち止まって耳を澄ます。生ぬるい風が抜けていく。突如、南方で戦った兵士達の事が頭をよぎった。これよりもはるかに劣悪な、想像を絶するような環境で、常に死と隣り合わせの中、彼らは何を思っていたのだろう。

その気持ちはとてもじゃないが、軽々しく推し量る事は出来ないが、この暗い山道を、ジャングル然とした南国の森の中を、一人歩いていると、ほんの片鱗にしか過ぎずともその心持ちが何となく垣間見えるような気がする。暑さや湿度、病、兵站の不備不足欠如。そして敵の存在。その緊張感や恐怖はいかばかりであっただろう。この世に生まれ、安穏と一生を暮すことが出来る者がいる一方で、地獄の様な体験をする者もいる。一体、人の生とはなんなのか。そこに介在するものは何なのか。そんな考えとも付かぬ想いが浮かんでは消える。漠とした綿の様な形の無い疑問が明滅する。それはざわざわと音を立てる木々のせいか。それとも、ねっとりとまとわり付く暑さのせいか。肌に張り付く恐怖心のせいか。あたりに漲る生命のせいなのか。

感覚は研ぎ澄まされ、氷の様に透き通っていく。本能は開花する。意想は奔出する。この大いなる生命の塊の中で、南へと動くちっぽけな鼓動は、ぼんやりとした衝動を伴いながら、地面を踏みしめていく。繰り返される生と死の輪の狭間で、揺らめきながら、瞑目し、自問しながら、たゆたっていく。この世に真理というものがあるのならば、当然それはこの瞬間も発動しているのだろう。世界がある一定の法則で成り立っているのならば、そこに思考の入り込む余地はあるのだろうか。

小笠原諸島 母島 小富士から見る風景をフルスクリーンで見る

ぴりりりり、と突然一際甲高い鳴き声が響いて、空が嘶いた。前方にシュロの葉で葺いたキノコの様な可愛らしい休憩所が見える。左手に広がる赤茶色の斜面。そしてその向こうに海が見える。空はまだらに焼け始めている。

   


身体は不思議だ。その空を見た途端、どこからともなく湧き上がってきた力が、歩みを加速させる。周囲が明るくなるにつれ、いつのまにやらだらだらと運んでいた足は、羽が生えたように前へ前へと進んでいく。覆いかぶさるように生えている葉をよけ、落ち葉を踏みしめ、汗を払い、進んでいく。そうしてさらに20分ほども歩いただろうか。目の前に姿を現した鉄梯子。その梯子を昇り終えると、視界が開けた。小富士の頂上だ。金色に輝きながら、世界を照らす太陽。あいにく、ガスはまだ晴れず、世界は依然朧な姿で眼前に広がっていたが、眩光を反射する雲の割れ目から、太平洋の大海原と岩を洗う白波が時折垣間見える。膨大な時間の中の、ほんの刹那の事かもしれないが、世界はこれほどまでに美しく光り輝く。宿で寝ていても、夢を見ていても、同じ瞬間にこの光景は繰り広げられているのだ。透き通ってしまった身体の中に、1億5000万kmの彼方からやって来た光の粒が浸透し拡散する。




頂上にはベンチが置いてあり、その斜め後ろに錆びた鉄の塊がある。西の斜面へと続く道を進むと、薄い雲越しに小さな浜が見えた。まだ薄暗くぼんやりとしてはいるが、もう少し日が昇ってガスが晴れた時分には、緑がかった青色の水が太陽の光を浴びて美しく輝くであろう様子が、容易に想像できる純潔さ。湾に対してやや左かたに鰹鳥島、丸島、二子島、平島といった小さな島々が霞んで見える。


眼下に一隻ゆっくりと船が行くのが見える。日のあたり始めたベンチに座り、おにぎりを食べる事にした。ガスはやがて晴れ、美しい海が、青々とした森が姿を現すだろう。すっきりと晴れ渡るのが、五分後か、一時間後か、数時間後か。それは解らない。たとえ今日は晴れないかもしれないとしても、魂を揺らめかせながら、とりあえずのんびりと待ってみよう。「待てば海路の日和あり」という言葉もあるのだから。





小富士の頂上から見た南崎











































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JAPAN WEB MAGAZINE Tomo Oi

浅草在住。ウニとホヤと山と日本酒をこよなく愛しています。落語好き。

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