駅のある風景 日本の鉄道駅の風景

日本の駅の風景

いよいよ2022年もあと少し。感染者数は11月頃からまた少し増加傾向にあるというニュースを耳にするものの、世の中はだいぶ以前の活気のある雰囲気に戻ってきたような気がします。この年末年始、数年ぶりに実家や地元に帰る、もしくは国内外を旅行する、という人も多いのではないでしょうか。

高速道路の渋滞予測や渋滞情報、鉄道や空の便の混雑具合、ホテルや旅館の予約状況などを見ても、一昨年から帰省を我慢していた人、おでかけを控えていた人たちが、久しぶりに帰省や旅行を予定しているであろうことが推測できます。

人間というのは、自由に何でもできるときには、そのありがたみを中々感じることはできませんが、制限され規制されてみると、自由に動けることのありがたみを感じますね。

個人的にも、いつでも好きな時に自由に旅行に行かれた時にはことさら感じたことはありませんでしたが、やはりこの数年の状況を体験すると、「旅に出ることができる」、そのこと自体がとてもありがたく、幸せであるということに気づきます。

考えてみれば、日本人が今のように自由に旅に出ることができるようになったのも、昔から当たり前であったわけではなく、普通の庶民が旅をすることができるようになったのは明治維新以降のこと。

もっと言ってしまえば、誰もが気軽に自由に旅に出かけることができるようになったのは、太平洋戦争が終わり、高度成長期となって、ある程度人々の暮らしにゆとりができてからのことでしょうか。

日本の駅の風景

明治維新以前には、通行手形や関所などの存在もあり、ある程度限られた人だけが移動をすることができました。誰もが自由にいつでも好きな場所に出かける、なんてことはできなかったのです。

「入り鉄砲に出女」なんて言葉を聞いたことがある方もいるでしょう。きちんとした身分証明と大義名分、相応の理由がなければ、旅はおろか、自分が住んでいるところから出ることもままならないような時代があったわけです。
(だからこそ、お伊勢参りや富士講などが庶民の間ではブームとなり、一生に一度でも旅をすることができれば、本人にはもちろん、周りの人々にとっても誉となり、大いなる喜びとなったわけです。)

もちろん、金銭的にも大変だったでしょうし、道路事情や交通事情も今のように快適便利というわけではありません。

明治時代以前の旅の基本はとにかく徒歩。藩主やお偉方の子女ともなれば駕籠に乗ることができましたが、それも決して乗り心地がよかったわけではないようです。一部「馬」という手段もありますが、それもごく一部の人。

時代劇や時代映画でもたまに見かける描写ですが、その日の宿につくと、まず一番最初に履き物を脱いで足元を洗わなければならないような道を人々は歩いたのです。

関所が廃止され、人々がある程度自由に動けるようになった明治維新以降でも、例えば鉄道の切符はとても高く、一般庶民の手が届くものではなかったでしょう。

米10キログラムが80銭の時代に、新橋~横浜間の運賃が片道で上等車1円、中等車60銭、下等車30銭だったといいます。単純に現在のレートで考えても高いですが、当時の経済事情を考慮すると、普通の人が簡単に乗れる代物ではなかったことがわかります。一部の金持ちや権力者を除いて、気ままに遠方に出かけるなんてことは中々できなかったに違いありません。

仮に、市井の人々が懐具合と時間に少し余裕があり、どこかに旅行に出かけることができるとなれば、それは家族中を巻き込んだ一大イベントであったことも容易に想像がつきます。

古本屋などに行けば、明治や大正時代の絵葉書などが売っていたりしますが、観光地などを旅した人が家族や友人知人に送ったであろう、それらの絵葉書を見ていると、絵葉書を送る側も送られる側も、それはきっととても特別なことであったのだろうなという気がします。

日本の駅の風景

昭和に入って鉄道網は全国に広がり、特急なども多く運行されるようになって旅のスピード化、移動時間の短縮化が図られていきます。とはいえ、当然新幹線が走る現代とは比ぶべくもありません。

小津安二郎の「東京物語」をご覧になったことがある方も多いと思いますが、当時の東京~尾道間の所要時間は約15時間。映画が公開されたのは昭和初期ではなく、高度成長期が始まる少し前の1953年(昭和28年)のこと。今の移動時間の短さや快適具合を考えればまさに隔世の感がありますね。

高度成長期に入って、旅をする人は右肩上がりに増えていきます。

特に旅行がブームとなったのは大阪で開かれた「日本万国博覧会」、いわゆる「大阪万博」の時です。期間中の来場者数はなんと6,421万8,770人というから驚きです。複数回訪れた人や海外からの人も勿論いたことでしょうが、全国各地から大阪を目指して沢山の人々が旅をし、この万博をきっかけに一大旅行ブームが起きました。

1970年代に入ると、飛行機の旅も身近になり、国内はもちろん、海外へ出かけるようになる人も増えました。航空路線に加え、高速道路の拡充、自動車の性能アップなどもあり、旅をする人は年々増加していきますが、一方で鉄道は旅の手段、移動手段としては、かつての勢いを失っていくことになります。

1987年には国鉄が分割民営化となり、それ以降鉄道の路線数で見れば年を追うごとに大幅に減少しているのはご存じの通り。地方のローカル線がどんどん無くなってしまうのは、熱心な鉄道ファンというわけではなくともどこか寂しい感じもありますが、資本主義の日本で経営に携わる人々にとっては赤字を垂れ流す路線、かつ黒字化を望めない路線を廃止していくのは当然のことなのかもしれません。

それでも、旅の醍醐味の一つとしてローカル線に揺られて車窓を流れる景色をぼんやり見たり、小さな駅で途中下車してみたり、駅弁を食べながら考え事をしたり、ということが好きな身としては、飛行機の早さ、新幹線の快適さ、車の便利さも素晴らしいとは思いつつ、穏やかでのんびりした鉄道の風景、地方駅のちょっとした一コマ、四季折々の中にある鉄道の雰囲気を時折味わいたいなと強く思うわけです。

というわけで、今日は思わず旅に行きたくなるような鉄道風景の中から、路面電車やケーブルカー、モノレールなども含めた「駅のある風景」「日本の鉄道駅の風景」をお届けします。

日本の駅の風景八橋駅(やばせえき) 鳥取県東伯郡琴浦町

日本の駅の風景吉田駅 新潟県燕市吉田堤町

日本の駅の風景寄居駅 埼玉県大里郡寄居町

日本の駅の風景余呉駅 滋賀県長浜市余呉町下余呉

日本の駅の風景山河内駅(やまがわちえき) 徳島県海部郡美波町山河内

日本の駅の風景上野駅 東京都台東区上野

日本の駅の風景豊橋駅 愛知県豊橋市

日本の駅の風景遠江一宮駅 静岡県周智郡森町一宮

日本の駅の風景トマム駅 北海道勇払郡占冠村中トマム

日本の駅の風景戸狩野沢温泉駅 長野県飯山市大字照里

日本の駅の風景田野倉駅 山梨県都留市田野倉

日本の駅の風景たびら平戸口駅 長崎県平戸市田平町山内免

日本の駅の風景新清水駅 静岡県静岡市清水区相生町

日本の駅の風景新青森駅 青森県青森市大字石江字高間

日本の駅の風景下吉田駅 山梨県富士吉田市新町二丁目

日本の駅の風景鹿討駅 北海道空知郡中富良野町字中富良野

日本の駅の風景ケーブル坂本駅 滋賀県大津市坂本本町

日本の駅の風景境港駅 鳥取県境港市大正町

日本の駅の風景嵐山駅 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町

日本の駅の風景大宮駅 埼玉県さいたま市大宮区錦町

日本の駅の風景奥多摩駅 東京都西多摩郡奥多摩町氷川

日本の駅の風景大街道駅 愛媛県松山市大街道

日本の駅の風景新潟駅 新潟県新潟市中央区花園

日本の駅の風景贄川駅 長野県塩尻市大字贄川

日本の駅の風景鳴門駅 徳島県鳴門市撫養町小桑島前浜

日本の駅の風景奈良駅 奈良県奈良市三条本町

日本の駅の風景長崎駅前駅(長崎駅前停留場) 長崎県長崎市

日本の駅の風景門司港駅(旧駅舎) 北九州市門司区西海岸一丁目

日本の駅の風景南千歳駅 北海道千歳市平和

日本の駅の風景串本駅 和歌山県東牟婁郡串本町串本

日本の駅の風景黒磯駅 栃木県那須塩原市本町

日本の駅の風景黒部駅 富山県黒部市天神新

日本の駅の風景熊本駅 熊本県熊本市西区

日本の駅の風景湖遊館新駅駅 島根県出雲市園町

日本の駅の風景郡山駅 福島県郡山市字燧田

日本の駅の風景小串駅 山口県下関市豊浦町大字小串字石堂

日本の駅の風景小牛田駅 宮城県遠田郡美里町字藤ケ崎町

日本の駅の風景気仙沼駅 宮城県気仙沼市古町一丁目

日本の駅の風景川井駅 東京都西多摩郡奥多摩町川井

日本の駅の風景禾生駅(かせいえき) 山梨県都留市古川渡

日本の駅の風景金沢駅 石川県金沢市木ノ新保町

日本の駅の風景石川町駅 神奈川県横浜市中区石川町二丁目

日本の駅の風景たびら平戸口駅 長崎県平戸市田平町山内免

日本の駅の風景東別府駅 大分県別府市浜脇一丁目

日本の駅の風景びわ湖浜大津駅(旧浜大津駅) 滋賀県大津市浜大津一丁目

日本の駅の風景函館駅 北海道函館市若松町

日本の駅の風景郡上八幡駅 岐阜県郡上市八幡町稲成

日本の駅の風景福知山駅 京都府福知山市

日本の駅の風景旭橋駅 沖縄県那覇市泉崎一丁目

日本の駅の風景安達駅 福島県二本松市油井字古屋敷

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Japan Web Magazine 編集部

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