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冷やしラーメン

冷しラーメン

暑い夏のラーメン王国

私たちの頭の中にあるごく一般的なイメージ、それは北に行けばその分気温も下がって涼しくなる、というもの。もちろん、盆地であったり、内陸部であったり、と地理的要因も気温に大きく関わるので、一概にそうではないことは頭で分かっていても、一般的にはやはり、沖縄よりも北海道の方が涼しい、スペインよりもノルウェーの方が涼しい、そんなイメージがあるだろう。なので、本州の北部、東北地方にある山形県、冬には雪も降るような場所が、夏はとても暑くなることがある、と聞かされてもあまりピンとこないかもしれない。ましてや、2007年8月16日に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で記録された40.9度という最高気温に抜かれるまで、山形県の山形市が70年以上に渡って「40.8度」という日本最高気温の記録を保持していたとは、中々信じられないのではないだろうか。

これはご存知の方も多いと思うが、地理的な要因に加えて、気象的な条件が揃って起きるものだ。地図を見ていただければわかる通り、山形県山形市は、奥羽山脈を間に挟んだ宮城県の西側、山形県の東側内陸部に位置する。この、二つの県の間に挟まれた山脈に風があたって雲ができ、それによって山の東側と西側で天気が変わるのだが、冬の間は日本海から吹き付ける湿った風が山の西側にあたって雲となり雪を降らす。そして、春から夏にかけては太平洋側から吹く湿った風が、山にあたることによって雲になり雨を降らしたあと、西側に吹き降ろす。その際、気象条件によっては、凝縮熱と断熱圧縮の効果によって、山形側に乾燥した暖かい風が吹き降ろすことになるのだ。この暖かくて乾いた下降気流となった風によってその付近の気温が上がる現象のことを「フェーン現象」といい、このフェーン現象が起きると、東北地方とはいえども、山形の気温はぐんぐんとあがることとなる。ニュースでも耳にするこのフェーン現象、アメリカでは数分間のうちに26度も気温が上がったという記録もあるのだ。勿論、フェーン現象は常に起こるわけではないが、東北地方といえ、山形の夏はなかなかに暑いということが少しはお分かりいただけただろうか。

ところで、山形にまつわる記録がもう一つある。それはラーメンの消費量だ。2011年に総務省がまとめた「家計調査 都道府県庁所在地および政令指定都市部ランキング」によれば、一般家庭の1年間の外食代の中で「中華そば」に対する支出が一番高かったのが、山形市で一年間に1万2061円。これは全国平均5625円の実に2倍強という驚くべき数字だ。でもそれにしては、ラーメンどころとして有名な、例えば博多や札幌、佐野、喜多方、熊本、尾道といった名前ほどには、山形のご当地ラーメンの名をあまり耳にしないけど・・・という人もいるかもしれない。しかし。そんなことはない。ラーメン好きの人ならご存知かもしれないが、米沢ラーメンを筆頭に、酒田ラーメン、赤湯ラーメンなど県内のみならず、県外からもラーメン好きが足を運ぶようなご当地ラーメンが幾つもあるのである。そして、今回ご紹介する山形ラーメンの「冷しらーめん(冷やしラーメン)」こそ、まさに暑い山形、ラーメン好きな山形で生まれるべくして生まれたラーメンなのだ。

氷の浮かぶラーメン「冷しラーメン」

冷しらーめんを頂くために訪れたのは山形県山形市、JR山形駅から車で5分ほどのところにある元祖冷しらーめんの店「栄屋本店」だ。店構えはまるで、お蕎麦屋さんのよう。暖簾をくぐり扉を開けて店内に足を踏み入れると、店構え同様、店内もお蕎麦屋さんのような雰囲気に満ちている。しっとりと落ち着いている感じだ。それもそのはず、この「栄屋本店」は、山形県天童市生まれの初代店主が山形の老舗そば屋で修行、現在の地にそば屋として開業したのがその始まりという。当初は、そば・うどんのみを出す店として生計を立てていたが、時代の波に乗って、昭和24年に統制解禁となった中華そばを売り出すようになったのだそうだ。

冷やしラーメン

元祖冷しらーめんの店「栄屋本店」

冷やしラーメン

次第に中華そばは人気となり注文する客も増えて、行列もできるようになったある日のこと。「冷たいお蕎麦があるのに、冷たい中華そばは作れないのか」と問うお客があった。職人肌であった初代の店主はこの言葉に応えるように、試行錯誤を重ね、一年がかりで研究した結果、ついに出来上がったのが、「冷しらーめん」というわけだ。メニューとして売り出されたのは昭和27年。

「冷たいラーメン?」と、初めのうちは戸惑い、不思議そうに見ているだけであった客も、次第に一人、また一人と注文するようになり、噂が噂を呼び、その美味しさは口コミで広がっていった。雑誌やテレビでも紹介されるようになり、いつしか県内外からお客が集まるような看板メニューとなったというわけだ。

さて、注文して待つこと10分ほどだろうか。アツアツならぬ、ひえひえのラーメンが丼に入れられて運ばれてきた。目の前に置かれたお初にお目にかかる「冷しらーめん」。中々のインパクトだ。なんせ、ラーメンなのに氷が浮いているのだ。冷やし中華ならいざしらず、普通にラーメン丼に入れられた、氷さえ目に入らなければ、普通のラーメンと見間違えてしまいそうなものに、プカプカと涼し気な顔して氷が浮いている。自分がここにいるのは当然ですよ、とでも言わんばかりに。当たり前の顔をして、そこにあるのだ。ひえひえの丼からは、湯気ならぬ冷気が迸っている。

冷しラーメン

これは初めて見た客がちょっと戸惑うのも無理はない。人間は意外に保守的な生き物だ。知識や経験を経て、いつのまにか頭に刷り込まれている「常識」という名の「保守的発想」は、その常識から外れるものを目にした時、戸惑うか、拒否するか、見なかったことにしてしまう。何十杯も何百杯も温かいラーメンを食べてきて、ラーメンとはこういうもの、という認識が刷り込まれている中、ラーメンの中に氷が浮いているという状況を(例え前情報で知っていたとしても)、すんなりと素直に受容することが出来ないのだ。写真や映像で見たことがあっても、実物を目の前にすると、戸惑ってしまう。勿論、決して美味しくなさそうという訳ではない。肩透かしのような、あれ?っという感覚だ。

そんな戸惑いは脇に寄せて、とりあえずレンゲでスープをすくって飲んでみる。

「!!」即座に戸惑いは感動と言う名の驚きへと変わる。それも文字通り涼風が吹き込んでくるような爽快な驚きだ。それは、予想を越えた美味しさなのである。さっぱりと美味しいのである。美味しくないことを予想していたわけでもないのだが、正直、よくありがちな、珍しさだけで人を呼ぶ「珍メニュー」的存在なのかなと推測していた。「冷やし中華」ならいいとしても、ラーメンに氷だなんて、脂っぽさが残ってしまうのではないかと思っていた。もしくは酢をきかせた、ラーメンとは名ばかりの、丼に入った冷やし中華風なのではないかと。しかし。一口すくって飲んだスープのその味は、全くもって別物なのだ。想像していたようなきつい酢の味はほとんどしない。むしろ、出汁のコクと旨みが感じられる、さっぱりと美味い極上のスープ。じんわりと身体にしみ込んでいくいく感じだ。普段と少し違うのは、それが冷たいということ。旨みと共に、冷ややかな心地よさも体の中に入っていく。

冷やしラーメン

味見に一口だけのつもりが、あまりに美味しいので立て続けにスープを四口五口飲んだ後、ふと、このままではスープがなくなってしまうことに気がついて、レンゲを置く。割り箸に持ち替えて、麺をすすってみる。既に極上スープを味わっているので、十分予想できたことだが、ああ、これは、もはや快楽に近い美味しさだ。そのままスープだけを飲んでも濃すぎない、かつ麺と共に頂いても薄すぎない、という絶妙の塩加減のスープが麺と絡み合うことによって、一段上の世界へと連れていってくれる。塩は旨みだとつくづく思う。薄すぎてもいけない。濃すぎてもいけない。一般的に、温かいものよりも、冷たいものの方が、塩加減や砂糖の加減は難しいという。少しでも料理をしたことのある方ならわかるだろう。舌が冷たさで多少麻痺する分、味つけがどうしても濃いめになってしまう。一口二口ならそれでもいいのだが、味が濃すぎると、食べる方はすぐに飽きてしまう。かといって、味を薄めにすると、味わいそのものがなくなってしまう危険性がある。しかし。このスープはどうだろう。まさにどんぴしゃりの丁度よい塩加減。数グラム変わってもバランスが崩れてしまうのではないかと思うほどの最高の味なのだ。

冷しラーメン

トッピングがまたいい。冷たくても全く脂っこくないチャーシュー。シャキシャキのもやしが、食欲をさらに盛り上げる。目にも心地よい緑のきゅうりが爽やかさを倍増させながらも、いいクッションになっている。蒲鉾も悪くない。メンマもいい。時折、スープを飲みながら、麺をすすりながら、トッピングをつまみながら、あっという間にぺろりと平らげてしまったであろうことは、ご想像いただけるだろう。あとに残るのは、空の丼と、幸せ溢れる満足感、満腹感。そうそう、もう一つ、暑さをものともしない、クールダウンした身体だ。まさに暑い季節にはもってこいのメニュー。ちなみにこの冷しラーメン、栄屋本店では夏場だけではなく通年提供している。真冬にマフラーを巻いて冷しラーメンというのもまた乙かも。

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Japan Web Magazine 編集部

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