富士山日本の山

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富士山本宮浅間大社

富士山周辺の観光情報

富士山の魅力は、山そのもののみならず、周辺地域に様々な見所があることでもあるだろう。例えば、長い歴史を持つ富士山信仰に関連した神社で、古の人々の思いを感じたり、源頼朝の頃にまでその歴史を遡る由緒ある寺院や家で、歴史物語を身近に感じたり、富士山の恵み溢れる滝や川、そしてそれらが作り出す自然豊かな景観の中で、日頃のストレスから解放されて心穏やかな時を過ごしたりすることが出来る。

富士山本宮浅間大社

富士浅間神社

全国に千三百余社ある浅間神社の総本宮。噴火を繰り返す「富士山」を鎮め奉る浅間大神(あさまのおおかみ)を祀り、信仰を集める。富士登山に際し、境内にある湧玉池で身を清めるのが古来からの習わし。現在でも7月の始めに多くの人々が湧玉池でみそぎをする。

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北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社

山梨県富士吉田市上吉田にある神社で山梨県側の富士山の入り口「吉田口」の起点にある神社。江戸時代に富士講が盛んだった際には、この北口本宮冨士浅間神社の周辺にずらりと御師と呼ばれる、富士山に参詣する人々を案内し、彼らの宿泊などの世話をするもの達の運営する宿坊が立ち並んでいたという。

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冨士御室浅間神社

冨士御室浅間神社

冨士御室浅間神社は、富士山吉田口登山道の二合目に鎮座する「山宮」と河口湖の湖畔に鎮座する「里宮」からなる神社で、富士山中最古といわれる神社。699年(文武天皇3年)、藤原義忠によって富士山二合目に祀られたのがその始まりと伝えられる。

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河口浅間神社

河口浅間神社

864年(貞観6年)に大噴火を起こした富士山の沈静化を願い、勅命により翌865年(貞観7年)に富士山の神である浅間明神をこの地に奉斎、創建されたといわれている。

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陣馬の滝

陣馬の滝

五斗目木川にかかる滝。溶岩の隙間から染み出す富士山の湧水と上流から流れてくる水があわさって、白い絹糸の様な美しい筋様の滝を作り出している。滝とその周囲一体がとても清らかな気に包まれ、穏やかなお天気の午後など、何時間でもノンビリとしていたいような心地よさ。

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白糸の滝

白糸の滝

高さ20m、幅200mと富士山周辺では最大のスケールを誇る白糸の滝は、地中に浸み込んだ富士山の雪解け水が何年もかかって、岩の間から滲み出てきたものが集まって出来た滝。その名の通り、美しい白糸のような姿の大小数百もの滝が流れ落ちるその景観は、訪れるものを魅了する。

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天子の七滝

丸渕の滝
清涼の滝しずくの滝

標高1330メートルの天子ヶ岳の麓を水源とし、稲子で富士川に合流する清流「稲子川」。「静岡県のみずべ百選」にも選ばれるこの稲子川の源流にあるのが「清涼の滝」「不動の滝」「観音の滝」「丸渕の滝」「しずくの滝」「瀬戸の滝」そして「魚止の滝」の七つの滝。あわせて「天子の七滝」(てんしのななたき)と呼ばれる。緑深い自然の中、それぞれ魅力的な様相の七つの滝は清らかなる滴を迸らせながら、滔々と流れ落ちる。

忍野八海

忍野八海とは、富士山の伏流水が水源といわれる湧池を中心とした八つの湧水池(湧池、出口池、お釜池、濁池、鏡池、菖蒲池、底抜池、銚子池)のこと。富士山の噴火によって宇津湖がせき止められて山中湖と忍野湖に分かれ、さらに忍野湖が干上がって、八つの池になったという。今も滾々と水が湧き出す池は美しく神秘的。特に湧池の水は幻想的な青色をしている。

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氷穴・風穴

氷穴・風穴

噴火の際に飲み込まれた巨木などが燃えた後に空間が出来、さらに溶岩が冷えて固まる過程で、内部の高温のガスや溶岩が吹き出ることにより出来上がった空間が氷穴。夏でも中の氷は解けず、昔の人々は冷蔵庫代わりに使っていたという。

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富士山西山本門寺

西山本門寺

1344年(康永3年)に日代が開山したと伝えられる富士五山の一つにも数えられる古刹。黒く塗られたどっしりとした黒門から、傾斜はなだらかながらも135段を数える石段を登ることおよそ20分、ようやく本堂にたどり着くという広大な敷地を持つ。本堂裏には、織田信長の首を納めたと伝えられる首塚がある。車で本堂のすぐそばまで行く事が可能だが、出来れば黒門からゆったりと自然に包まれながら歩きたいところ。

上稲子の棚田

上稲子の棚田

静岡県内に数ある棚田の中でも、美しい景観を保っているとして「静岡県棚田等十選」にも認定されている上稲子の棚田は丁寧に積まれた石垣の美しい棚田。上稲子、西山を含む猫沢地区、鳥並地区などの柚野地域の棚田が「柚野の棚田群」として認定され、保全されている。

平維盛(たいらのこれもり)の墓

平維盛(たいらのこれもり)の墓

上稲子の棚田の中央に鎮座するのが、平清盛の子、重盛の嫡男で、その美しさから桜梅少将と呼ばれ、光源氏の再来とも言われた平維盛(たいらのこれもり)のものと伝えられる墓。その美しさを称える逸話が数多く残る一方、武将としての才覚はなく、富士川の戦い及び倶利伽羅峠の戦いで敗れ、1184年、27歳の若さで入水自殺したと伝えられる。

山宮浅間神社(やまみやせんげんじんじゃ)

山宮浅間神社
山宮浅間神社山宮浅間神社

里宮である富士山本宮浅間大社に対し、山宮である山宮浅間神社は、富士山本体をご神体とする富士信仰の浅間大神が最初に祀られたところで、最も古い浅間神社の一つといわれる。富士山がご神体のため、境内に本殿はなく、本殿に相当する場所に富士山を遥拝するための遥拝所が設けられている。

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村山浅間神社

村山浅間神社

かつて村山口富士登山の拠点として、多くの富士道者(登山者)を集めていた村山浅間神社は、平安時代末期に末代上人によって山岳信仰の地として開かれた伝えられる。富士山を霊山とし、崇敬参拝する富士講が生まれたのもこの地といわれ、富士修験の中心として次第に定着、発展していった。駿河の大名、今川氏にも崇敬され、最盛期には本宮浅間大社に匹敵するほどの勢力をもっていたという。

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人穴浅間神社(人穴富士講遺跡)

人穴
人穴

16世紀末にこの地において修行を積み、悟りを開いたとされるのが、富士講の開祖長谷川角行。以来、富士講の聖地となり、信者達が富士山の登山前後に訪れる聖地となった。人穴富士講遺跡として市の指定史跡となっている。

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そのほかの主な浅間神社及び関連箇所

氏神社

氏神社

高嶺総鎮守と称する氏神社は、村山の地にて即身仏となった末代上人の霊を祀る神社。

井出館(狩宿の井出家)

井出館

日本五大桜の一つにも数えられる「狩宿の下馬桜」(駒止の桜)のある井出館は、鎌倉時代より続く名家。「狩宿の下馬桜」の名の由来は、1193年(建久4年)、源頼朝が富士の巻狩りの際に立ち寄り、宿所とした事から。江戸時代に二度火災があったことから、それぞれの建物の正確な建築年代は不明だが、高麗門や長屋に古くからの建築様式が残り、市指定文化財となっている。

上井出天神社

上井出天神社

上井出天神社は天神山の麓にある神社で、富士山を模した日本一高い土俵があることで知られる。秋祭りの日には、この土俵で子供達の奉納相撲が行われる。

曽我八幡宮

曽我八幡宮

曽我物語で知られる曽我兄弟の仇討ち。親を思う兄弟の孝行の心に感心した頼朝が作らせたといわれるのが、この曽我八幡宮だ。主祭神の応神天皇と共に曽我兄弟が祀られている。周辺一帯は、仇討ちの舞台となった富士の巻狩りが行われた場所で、北山の中井出や猪之頭などにも曽我八幡宮が在る。

釜口峡

釜口峡釜口峡

現在の富士川・釜口峡(左)と歌川広重の「富士川上流雪中の図」(右)

球磨川(熊本県)、最上川(山形県)と並び日本三大急流の一つに数えられる富士川。中でも、もっとも流れが急で、その水の泡立つ様子が釜のようだという事で名づけられたといわれるのが、釜口峡だ。富士川は、天領であった甲斐と駿河を結び、さらに船で江戸へ物資を運ぶための重要なルートとして、1607年(慶長12年)に角倉了以らによる開削事業により開かれて以来、利用されてきた。そして、両岸は切り立った崖で狭く流れの速い釜口峡は、富士川水運の最大の難所であったという。

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Japan Web Magazine 編集部

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