1676年(延宝3年)の築庭開始から完成まで実に170年を要したという兼六園。水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並び、日本三名園の一つに数えられる名庭だ。「宏大(こうだい)」「幽邃(ゆうすい)」「人力(じんりょく)」「蒼古(そうこ)」「水泉(すいせん)」「眺望(ちょうぼう)」の六勝・・・六つの美しい景観・・・を持つことから、その名がつけられたという。
「宏大」とは「広々とした様子」のこと。一般的に、庭園でそれを表現しようとすると、奥深さや静寂、閑静な趣、「幽邃」が無くなってしまう。作庭には人の手を加える「人力」を避けられないが、そうすると時間のみが作り出すことの出来る古びた雰囲気、趣である「蒼古」が失われてしまう。水の流れや池、滝など「水泉」を庭に多く配置すれば、遠くを眺める「眺望」がなくなってしまう。六勝を持つということは、かように難しい。宋の時代の書物「洛陽名園記(らくようめいえんき)」において名園の誉れ高い「湖園」を評して、「ただ湖園のみがそれらを全て兼ね備えている。」と記されていたという。
そんな宋の湖園にも引けを取らず、同じく六つの美しさを兼ね備えている名園であるとして、奥州白河藩主・松平定信によって1822年(文政5年)に「兼六園」と名づけられた。加賀百万石の往時の勢力を偲ばせる広大な敷地の中に、池や滝、山などが絶妙に配置された庭園。四季折々の花や木々に彩られ、華やかさと清楚のバランスの取れた佇まいで、訪れる人々を愉しませている。
兼六園 (けんろくえん) DATA
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兼六園
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