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博多 夜の中洲 屋台の風景

博多 夜の中洲 屋台の風景

どうして、「屋台」と聞くと心がざわついてしまうのだろう。

東京のあちこちに屋台があったというオリンピック以前の時代をリアルタイムで知っているわけではないが、それでも一時期、屋台で飲んだり、おでんをつついたり、ラーメンを食べたりしていた時がある。決して、素晴らしく「旨い」訳でも、とっても「綺麗」な訳でもなかったのだが、なぜだか魅かれ、しょっちゅう立ち寄っていた。

少々飲み過ぎた帰り道、駅前や、駅から家へと歩く道すがら、風に揺れる赤い提灯とぼんやりと光る裸電球、肩を寄せ合って飲む人々を見かけるとふらふらと足がそちらへむいてしまう。特に、飲み足りない、というわけではなくとも、ついコップ酒を一杯、ということになるのだった。

そこには、固定の店舗のような、どっしりとした「安心感」とか「評判」というものはなかったが、柔らかさと自由があった。客は思い思いに、ぽつりぽつりと語りながら、何かをじっと考えながら、飲んだり食べたりしている。時々飲み過ぎて絡んだり潰れたりする人が居ながらも、基本は大人しく、お互いに詮索することもなく、話したい人は話し、飲みたい人は飲む。ただそれだけ。そんな空間が心地よかった。なんだか無性に安らげる空間だった。小さな子供二人を男手一つで育てながら、酔客を相手にしていた主。しっとりとした語り口の彼は、穏やかな笑顔の後ろに、一つ、二つと影を抱えていそうで、言葉の端々に、得も言われぬ人間味があった。風に漂うあやうさ、もろさの中に潜む優しさがあった。時折、吹き抜ける夜の風が暖簾をはためかせる。どこか遠くでクラクションが鳴る。バイクの音がビルの向こうにこだまする。そうして、ゆったりと時間は過ぎていった。

そんな屋台も、気が付けば姿を消してしまった。あの時、一緒に飲んでいた客や主は、いったい今どこで何をしているだろう・・・。

福岡県博多の中洲の屋台で酒を飲みながら、ふとそんなことを思い出した。

東京の屋台と福岡の屋台、その雰囲気も味わいも随分と違うが、それでも夜の風の心地よさは共通だ。

2015年現在、福岡市内で営業する屋台は120店ほど。これは全国の屋台の4割を占める数だ。かつて、都市部の繁華街や駅周辺に数多出ていた屋台も年々数を減らし、いつのまにやら貴重な存在になった。そんな屋台が、ここ福岡にはまだまだたくさん集まっている。といっても最盛期には400店を越える屋台があったというから随分と減ってしまったのだが、それでも福岡の夜には大切な存在。福岡の夜の歴史は屋台を抜きには語れないのだ。地元の人もそうでない人も、天神や中洲の屋台に色々な思い出や失敗談がある、という方も少なくないだろう。普段は高級店に行くような名士や有名人なんかも、こっそり足を運ぶという。そんな魅力が福岡の屋台にはあるのだ。

一時は不正会計や衛生面、道路の不法占拠などが問題となり、その後の行政の規制もあって、昔を知る人に言わせると随分と雰囲気も変わったという。メニュー表を貼り、御品書きを置く明朗会計の店も増え、スペイン料理やイタリア料理のプレートを出すような小綺麗で小洒落た屋台もある。国内からの観光客のみならず、ガイドブックやSNS、ネットの情報などを頼りに海外からの観光客も訪れ、今や、客の顔ぶれも国際的。

東京の屋台にあった、淡々とした悲哀やゆったりとした優しさの代わりに、博多の屋台には、朗らかな明るさと気持ちの良い賑やかさと楽しさが溢れている。雰囲気こそ違えども、それぞれにそれぞれの良さがあり、当然楽しい屋台も魅力だ。初めて顔を合わせる客同士がいつのまにやらおしゃべりして仲良くなる楽しさ。普通の飲み屋でも、知らない人同士仲良くなる機会はもちろん多々あるが、屋台だとそれが濃いような気がするのは、やはり狭さゆえに席が近いからか。外の空気が流れているからか。いずれにしても、そこでは上下左右、人種、宗教を越えて、酒を飲み、食べ物をつつく。夜のひと時、小さな空間を共有する。思わず本音がこぼれたり。笑みや涙がこぼれたり。

もしかして、もう二度と会うこともないかもしれない人たちと、二度とない時間を共有する。それが屋台の醍醐味なのだ。

Memo

「福岡の屋台は観光客が多すぎて嫌だ」という観光客も多いと聞くがそんなことはない。店選びさえ成功すれば、地元の人と楽しく飲むことができる。また、「屋台はどうもぼったくられるイメージ」という人もいるが、それに関してはケースバイケースなので難しい。地元の人に聞いても、「話している言葉等で観光客だと判断して高めに請求する屋台は確かにある」ともいう。雰囲気を楽しむ、と割り切ってもいいし、せっかくの旅の夜だから嫌な思いをしたくないという場合は、「ラーメン一杯だけ」などと、ぼられないようなオーダーのみにするか、いっそ冷やかすだけでも良いかもしれない。観光客は、テレビやガイドブックの影響で情緒のある川沿いの中洲の屋台に足を運ぶことが多いというが、天神の屋台もおすすめだ。いずれにしても、「今夜」という夜は二度とやってこない。あとから後悔しないようお店選びは慎重に。

撮影場所

Japan Web Magazine 編集部

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