夕暮れ
公開日: 2008年11月10日 | 最終更新日 2022年10月18日
光入る時
日本の代表的な歌集、例えば万葉集や古今和歌集、新古今和歌集などには夕暮れの情景を歌った歌が多い。例えば有名な
「村雨の 露もまだひぬまきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕暮れ」
これは叢雨の後、雨露に濡れる真木(立派な木)の葉から霧が立ち上る晩秋の夕暮れの光景を詠んだもの。百人一首にも入っているので、ご存知の方も多いだろう。他にも
「この夕べ 秋風吹けど 白露の あらそう萩の 明日咲き見む」
「さびしさは その色としも なかりけり まき立つ山の 秋の夕暮れ」
「心なき 身にもあはれは 知られけり しぎたつ澤の 秋の夕暮れ」
「見わたせば 花も紅葉も なかりけり 浦のとまやの 秋の夕暮れ」
「見わたせば 山もとかすむ 水無瀬川 夕べは秋と なにおもひけむ」
など夕暮れ、特に秋の夕暮れを詠んだものが多い。賑やかな夏が終わり、しっとりと更け行く秋の夕暮れは人を特に感傷的にするのだろう。では秋の夕暮れの歌ばかりかと言うとさにあらず。他の季節の夕暮れを読んだ歌も当然の様に沢山ある。
「春の野に 霞たなびき うらがなし この夕光に 鶯鳴くかも」
「駒とめて 袖うち拂ふ かげもなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ」
「ひさかたの 天の香具山 この夕べ 霞たなびく 春立つらしも」
などなど。
日本人の叙情的な心と夕暮れは切っても切れない関係にある。
夕方になると、なんとはなしに切なくなるのはなぜだろう。赤みを帯びた空気の色のせいだろうか。それとも昼間が終わってゆく=一日が終わってゆくからだろうか。太陽が高度を落とすにつれ、光は次第に少なくなり、世界は段々と暗くなってゆく。そして、やがて暗闇に支配される夜となる。今でこそ、様々な人工的な光があり、夜といえども特に都会ではまるで真昼の様に明るいが、かつては夜といえば当然の如く暗かった。しかし、人々は、暗いながらも様々な工夫をして過ごしてきた。今日一日無事に暮らせた事に感謝し、身体を休める時間が来た事に安堵していた。眼前の暗闇に漠然たる不安を抱きながらも、来る朝に思いを寄せていた。季節の変遷と共に、時間の移り変わりにも、今より敏感だったであろう昔の人々は、そこにもののあわれや切なさといった情緒を感じながら、暮らしていたことだろう。そんな先人達の記憶が身体のどこかに今も残っているのだろうか。
時間と感情が川の様にたゆたい流れていくからこそ、その境目にあたる夕方は、ことさら美しくそして切ないのかもしれない。何百回も何千回も繰り返し体感してきたその記憶は、さだめしDNAに受け継がれている。情感のみならず、実際に、昼間には普通の風景だったものが、夕刻には絶景となる事も多い。ある種の絶対的な美しさと切なさを孕んでいるのが、一日の終わり、「夕方」という時間なのかもしれない。
「夕暮れ」。そこにはきっと詩があり、歌がある。情緒があり、心がある。
JWMセレクション。日本の夕暮れの風景。「光入る時」の日本の風景をお届けしよう。
夕焼けのメカニズム
昼間は明るく眩しく光っている太陽が、夕方になるとなぜオレンジ色になるのか。青い空に浮かんでいる白い雲がなぜ真っ赤に染まるのか。これは空気中を抜けてくる光線の色の差に寄るものだ。お天道様が頭上にある時は、発せられた太陽光が地表に達するまでに抜けてこなくてはならない空気の層が薄く、波長の短い青い光も到達できるのに対し、夕方になり太陽の高さが下がるにつれ、抜けなくてはならない大気の量が多くなると、青い光は拡散してしまい地表まで届く事ができないのである。それに対し、赤い光は波長が長く、大気の層を通り抜け、私達の元までやってくる。それゆえ、太陽が低い位置にある夕方(及び朝方)の太陽はことさらオレンジ色や朱色に見えるというわけだ。ちなみに空気中の塵の成分やその量、湿度、風力などの様々な要因で色は変わる。そして、その光が雲に反射すると、夕焼けとなるのだ。夕焼けとなるには基本的に天気、特に西の天候がよくなくてはならない。「夕焼けは晴れ(夕焼けの次の日は晴れることが多い)」というのは、日本の天気は西側から変わるので、夕焼け=西の空は天気がよい=翌日は晴れる可能性が高い、という訳なのである。逆に夕焼けにならない場合は間にある雲の量が多いということになるので、翌日は晴れない可能性が高い、というわけだ。
「一日はゆっくりと
徐々に優しく柔らかく
しっとり静かに暮れていく。
時に劇的で激しい情念を見せながら。
時に有無を言わさぬ力でもって。
燃え上がる空。
茜に染まる雲。
青から紺へ。
そして漆黒へ。
次第に光は薄れ
夜が来る。
夜はまた次の朝へ流れる。
少しずつ軸はずれながらも
繰り返しは続いていく
闇の後に光ある
闇は決して負にあらず
然すれば夕は美しい
そして艶やかでいじらしい
憂いは儚い覚束ない
末の華やかな唄の様
飾り帽子に手を当てて
光の残光身に纏い
朧月夜に息をする
そして漸く目をつむる
終わり行く光への惜別
すぐそこにある暗闇への不安
またその先に再見する光
光と闇はきっと同軸上にあって
相反するものではない
闇に生まれて光に入る者
光が終わり闇が来て
闇が終わり朝が来る
夕暮れはそんな
いつか終わる闇への浸潤
だから人は夕暮れに
切なさと寂しさと希望を見る
哀しみと諦めと安堵を見る
喜びは浸透し
焦燥を凌駕する
あらゆる感情を内包したまま
グラディエーションは移ろい行く
全ては絡み合いながら
転がっていく
理想主義が
その刹那
涼しい顔して感傷に飲み込まれても
光線は揺れながら
そっとひそやかに空を見て
昼に告別し
また来る明日への希望を胸に
絶対なる透明と
光輝と時を点綴し」