会津若松城

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地元の人々には鶴ヶ城と呼ばれ、愛される若松城(会津若松城)は、1384年(南北朝時代 南朝・元中元年、北朝・至徳元年)に蘆名直盛により、東黒川館が築かれたのがその始まりといわれる城。難攻不落の名城と謳われ、幕府軍と新政府軍の戦った戊辰戦争の際も、新式の武器を用いた新政府軍の猛攻にも一ヶ月に渡って耐え抜いたことで知られる。また、城の向かい側にある飯盛山の中腹、厳島神社の境内までたどりついた白虎隊の若者たちが、この鶴ヶ城が黒い煙に包まれているのを見て城が落城したものと思い、次々に自害していったという悲話が知られている。

1874年(明治7年)には石垣のみを残して城は取り壊されたが、天守の復元を望む多くの人々の声と寄付により、1965年(昭和40年)に天守が復元され、2001年(平成13年)には天守閣に続く建物「干飯櫓・南走長屋」が、さらに2011年(平成23年)春には、幕末当時の姿である赤い瓦が葺かれた姿によみがえった。(掲載写真は赤瓦が葺かれる前の姿)

天守閣の内部には、会津の歴史に触れることの出来る様々な資料が展示された郷土博物館となっている。

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