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増毛駅

増毛駅

北の国の静かな駅

人の波に酔う、という経験をしたことはあるだろうか。

あれは、新宿駅の南口で知人を待っていた時のこと。十数年前の話だ。待ち合わせ時間よりも随分と早く着いてしまったのだが、その日はなんとなくどこかに動いて時間をつぶすという気持ちもなく、その場で待つことにした。人の流れを遮らない場所を選び、何をするでもなくぼんやりと往来を眺める。ついさっきまで自分もその中の一人であり、しばらくすれば又その中の一人に戻る訳だが、駅の片隅、どこか世界から取り残されたような朧気な不安となんとなくホッとするような安堵が入り交じった心持ちで立っていた。色々な方向へそれぞれのスピードで移動していく、人、人、人。サラリーマン、OL、学生、お年寄り、若者、子供・・・。

それは秩序のある混沌だった。一見、ぐちゃぐちゃのようでいて、殆どぶつかることもなく人々は動いている。スピードをコントロールし、右に左に体をずらし、調整する。色々な音が鳴り響き、甲州街道の騒音も流れ込む。まさに「都会の風景」そのものだ。立ち止まっておしゃべりをする人。誰かを待っている風な人。今更ながら、世の中には色々な人がいるなと感心する。驚嘆する。髪型、服装、持ち物。色とりどりの人が、物質が、物体が、現象が右に左に斜めに入り乱れる。それは一つの絵巻物のようだった。これを絵に描いて、千年後の人々が眺めたら、今の我々が平安の絵巻物を見るような気分になるのだろうか。

雑踏の中には不思議な美しさがあった。いつもは人ごみをさっさと抜け出すことに専念していたが、たまにはこんな風にゆっくりと眺めてみるのも悪くないな、と思い始めたその時、突如世界が揺れるような錯覚にとらわれた。

誰一人騒ぐ人もない。人々は変わらずに動いている。地震が起きたわけではなかった。どうやら、揺れたのは自身の脳だった。ランダムな動きの、あまりに沢山の人々を眺め続けていたせいで、三半規管が音を上げたような感じだった。

新宿駅の一日の乗降客数は300万人を越える。これは国内では勿論、世界の駅の一日の乗降客数で比較したときにも一番の数。これはギネスブックにも記録されていて、地下通路などでつながっている大江戸線の新宿西口駅、西武新宿駅、新宿三丁目駅の乗降客数も含めると、横浜市の人口を越える数になるという。このマンモス駅と対照的なのが、北海道増毛町にある「増毛駅」だ。

増毛駅の魅力をフルスクリーンで見る

増毛町は北海道の北西部にある人口5000人ほどのこじんまりとした町。北海道の他の沿岸部の町同様、新鮮な魚介に恵まれている所で、特にボタンエビの漁獲高は日本一。甘エビや蛸などの水揚げも多い。造り酒屋としては日本最北の酒造元として知られる國稀酒造(くにまれしゅぞう)もこの町にある。食べることが大好きな人なら誰もがその名を知る世界的なフレンチのシェフ・三國清三氏の出身地もここ増毛町だ。

増毛はかつて、ニシンの町として栄えたところで、その漁場としての歴史は250年以上前に遡る。最盛期には、「ニシンの千石場所」とも呼ばれ、本州から北前船に乗り多くの商人がやって来た。今も、町のそこかしこに古い木造建築物や重厚な石造りの倉庫群が点在し、その歴史を物語っている。JR留萌本線の終着駅「増毛駅」はそんな増毛町の港に程近い場所にある。

甘エビ丼

甘エビ丼

國稀酒造

國稀酒造

増毛の町
増毛の町

増毛の町にたどり着いたのは、お昼ご飯を取るには少々遅い時刻だった。冬の日本海側沿岸部特有のどんよりとした空。雪は時折激しく吹き付けながら、降ったり止んだりを繰り返していた。道路には人も車もなく、ひっそりとしている。それでも寂れているという感じはあまりなく、ただひたすらに静かという印象だ。

目指す増毛駅は、オロロンラインから入ってすぐ、増毛町の役場のそばにあった。木造のこじんまりとした駅舎が可愛らしい。モノクロームの景色の中、ポストと自動販売機の鮮やかな赤色が目を引いた。

増毛駅

増毛駅は、深川駅から留萌駅を経てこの増毛駅をつなぐJR留萌本線の終着駅。開業は1921年(大正10年)11月5日だ。一日の乗降客数は75人ほどの無人駅。1981年に公開された高倉健主演の映画「駅 STATION」でこの増毛駅と周辺で撮影が行われ、全国的にその名が知られるようになった。そのほか、「魚影の群れ」「じゃこ萬と鉄」「網走番外地(さいはての流れ者)」「BOOTLEG FILM」といった作品のロケ地にもなっている。

増毛駅

駅前に車を止め、駅舎へと入る。中にも人は誰もいない。床にポツポツと付いている白いのは雪だ。靴の裏についた雪や外から吹き込んできた雪が室内の床の上で全く解けずに残っている事からも、その寒さがうかがい知れるだろう。

増毛駅

終着駅ならではの、「上り下りのない」時刻表。深川方面の汽車は数時間に一本。例えば、朝の7時45分の汽車に乗り遅れると、次の汽車は13時4分、といった具合だ。

増毛駅

雪が淋しさと美しさを加速させる。今は木造の駅舎もひっそりとしているが、昭和30年頃までのニシンが沢山とれた時代には、駅員や係員、旅客の多くいた、それなりに賑わっていた駅だった。かつての増毛駅とその周辺の様子(外部リンク)。 (表記が「masuge」となっている。)

増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅

闇を切り裂いてライトが煌めき、ゆっくりと汽車が入線してきた。外は極寒なのにどこかが温かくなる。懐かしいような、少し安心するような心持ちだ。

増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅
増毛駅

増毛駅へのアクセス

時間がある場合はのんびりと車窓の風景を楽しみながら汽車でアクセスしたい。留萌駅から26分。旭川駅から約2時間。札幌駅から約2時間半。ただし、本数が少ないので注意が必要。(注:2016年12月5日に留萌駅 – 増毛駅間は廃止となりました。)車の場合は道央自動車道から深川留萌自動車道(無料区間)経由で。深川西ICから約1時間半。留萌からなら約20分。新千歳空港から約2時間40分。バスでのアクセスも可能だ。沿岸バス

増毛駅周辺の見どころ・遊びどころ・食事処

旧商家丸一本間家

明治初期創業、呉服商、鰊漁の網元、海運業、酒造業などを営んできた商家。店鋪や居宅部を含む建物の内部を見学できるようになっている。国指定の重要文化財。(冬場は開館していないので注意)

元陣屋

ペリーが浦賀に来航した翌々年の1855年(安政2年)に幕府より北方警備を命じられた秋田藩が、翌1856年(安政3年)に侍の詰め所として建てたのが元陣屋。現在は総合交流促進施設 元陣屋として一般公開されている。

旧増毛小学校

1936年に建築された道内最古の木造建築校舎。

旧旅館 富田屋

増毛駅のすぐ目の前にあるかつて旅館を営んでいた木造三階建ての建物。1933年(昭和8年)築。内部は非公開。

旧旅館 富田屋

國稀酒造

1882年(明治15年)創業の日本最北の酒蔵。暑寒別岳連峰の良質な水と南部杜氏の昔ながらの技で日本酒が醸し出される。蔵見学も可。容器を持参すれば、国稀の仕込み水を持ち帰ることもできる。

國稀酒造國稀酒造

寿司のまつくら

増毛駅から歩いてすぐの場所にある寿司屋。約13種類のネタが盛り込まれた「特上生ちらし」や甘エビがたっぷりのった甘エビ丼が人気。天ぷらもやっている。

オーベルジュましけ

世界的に有名な増毛町出身の三國清三シェフ監修による「地産地消」をテーマに作られた宿泊施設を備えたレストラン。新鮮な山海の幸を使った食事、日本海に沈む夕日、そして温泉と、増毛の魅力を堪能し、ゆったりと都会では味わうことのできない時間を過ごすことができる。

海鮮レストラン 民宿 清宝 

海を眺めながら、その日にとれた新鮮でボリュームたっぷりのいくら丼・うに丼・浜ちらしなどを楽しめるレストランと、隣接する明治時代に建てられた蔵を新潟から移築して作られた民宿。風情と重厚感、釘ひとつ使っていない建築技術に趣を感じながら、ボリューム満点の海の幸満載の夕食と朝食を堪能できる。夕日の見える船を改造したお風呂も人気。営業期間は4月中旬から11月末まで。 閉業

Memo

「増毛=ぞうもう」にあやかって増毛駅の入場券が記念切符として駅そばの売店や留萌駅にて販売されている。詳しくはJR北海道留萌駅へ。(編集部注:留萌駅は2023年4月1日、廃駅となりました。)

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JAPAN WEB MAGAZINE Tomo Oi

浅草在住。ウニとホヤと山と日本酒をこよなく愛しています。落語好き。

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