吉野水分神社

吉野水分神社

 

大和国四所水分社の一つ

吉野の中奥、車一台がようやく通れるほどの幅員の道をゆっくり進むと道が大きく右に折れる場所に、古式ゆかしい楼門が印象的な神社が姿を見せる。それが、都祁水分神社、葛城水分神社、宇太水分神社と共に「大和国四所水分社」の一つとして古くから信仰されてきた「吉野水分神社」だ。「水分」と書いて「みくまり」と読む。「水分」とはこの神社の主祭神である水の神(水を田畑に配分する神)「天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)」のことで、水を分配することから「水配(みくまり)」、それがいつしか「水分」となった。

吉野水分神社は平安時代中期頃から子守の神としても知られていた。俗に「子守大明神」「子守さん」と呼ばれ、子宝の神としての信仰も集めてきたという。これは、「水配」が「みくまり」「みこもり」「こもり」と転訛し、子守の神、子宝の神として崇敬を集めるようになったというものだ。かの豊臣秀吉もこの地に詣で秀頼を授かったともいわれている。現在の建物、楼門をはじめ本殿、拝殿、幣殿、回廊は秀吉の遺志を継いだ秀頼によって1605年(慶長10年)に築かれたものだ。

吉野水分神社の創立年代は不詳。延喜式神名帳には月次・新嘗に案上官幣に預る旧社にて大和四処水分の第一として記述がある。天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)を主祭神に、右殿に天萬栲幡千幡比咩命、玉依姫命、天津彦火瓊瓊杵命、左殿に高皇産靈神、少名彦神、御子神を祀る。2004年7月、「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一つとして世界遺産に登録されている。

吉野水分神社

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