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小塚原の首切り地蔵~千住 浅草 吉原 入谷 静かな笑みの その向こう~

千住 浅草 吉原 入谷 静かな笑みの その向こう

表と裏は交わらぬ

「昨日は今日の昔なり」

一人の人間の人生はどこで決まってしまうのか。

全てのものには表と裏がある。およそこの世にあるものは、光と影があり、表と裏がある。それは対比的であると同時に同義的でもある。切っても切り離せない。正があれば負があり、正があって邪があって、真と偽があり、義と不があり、信と欺がある。人間の心も又然り。その多少の差はあれ、無世涅槃でもない限りその心には表と裏がある。本音と建前。真実と嘘。善の種と悪の種があって、それはある一定の状況下において芽を出す。主観と客観。物事は見方と立場によってがらりと変わって見える。見る人聞く人によってその印象は変わってしまう。どれが本当でどれが嘘であるか。時に本人でさえもわからない。人が「ある物事」を偏ってしか見られないのもきっと仕方ないことなのだろう。生まれ育った環境と条件で変わってしまうからだ。そして「客観」しようとする時に、「主観」が始まる。その時点で既に変質が始まっているのである。善悪の観念も又然り。

きっと「そういう風」になりたくて、なった人ばかりではない。始めは誰もが皆泣いているだけの赤ん坊だった。幸福を求めていた。誰だって皆、笑っていたい。誰にも想いがある。どこで何が変わるのか。何が最期を変えるのか。何が道を分けるのか。

千住千住

歴史とは勝者の物語である。ある部分において(もしくは全てにおいて)勝者の都合のよいように作られ、そして語られていく。そこでは、黒も白になる。嘘も真実になる。嘘の混じった真実であり、真実の混じった嘘なのだ。

そして、そんな歴史の中でも決して表には出てこない歴史というのも当然存在する。いわば裏の歴史とでもいうべき、光の当たらない闇の物語。様々な生き様、様々な死に様があり。それらはある一面のみが語り継がれ、時に歴史の片隅に忘れ去られ、もしくは歴史の闇の中に葬り去られてしまう。

荒川千住の片隅に、そんな歴史の裏側の、語られることも無いような、描かれることもないような、あまたの物語がひっそりと存在する場所がある。小塚原の回向院。かつての「小塚原のお仕置き場」跡である。

或る人間にとってはこの世の極楽、また或る人間にとってはこの世の地獄、或る意味この世の「快・苦・愉・喜・哀」全てを凝縮してデフォルメした形で完成されたような世界「吉原」。時の為政者からは「悪所」とも言われたその地から山谷を通り抜け、涙橋を越え、少し歩くと、「夢の吉原」と対極をなすような、ここ「小塚原の刑場」跡に着く。現在のJR・東京メトロ日比谷線「南千住」駅周辺だ。

千住千住

徳川時代、江戸にはお仕置き場と呼ばれる刑場が主要二箇所(刑場自体は江戸内に数箇所)あった。現在の品川鈴が森とここ小塚原だ。設置されてから廃止されるまでの二百数十年の間に、20余万人もの人々が磔、縛り首などに処され、埋葬されたという。埋葬といっても打ち捨てで、軽く土をかけただけであったといい、蒸し暑い日など、その臭いたるや物凄く、月の夜、土から顔を出した手や足を野良犬やイタチが貪り喰う様など、まさに地獄図のようであったという。幕府ご禁制の行為を咎められたり、私利私欲の為に悪事を働いて捕縛され、刑に処された者達がいる一方で、冤罪や、密告、欺騙、でっち上げなどにより捕まった無辜の人々も少なくなかったとも言われている。また、境内には橋本佐内や吉田松陰など、国の状況を憂いて、信念のままに行動し、「安政の大獄」などに座し、処刑された幕末の志士達も葬られている。

1741年(寛保元年)、その小塚原の刑場の片隅に、刑死者を弔うために建立されたのが「延命地蔵」だ。極悪人のみならず、すりや窃盗などの死罪とする程でない罪を犯したものも多く処罰されたという小塚原。図られて罪をかぶされたもの、全く身に覚えのないもの達も多く居たのだろう。そんな人々の魂を慰めるように、お地蔵様は穏やかに微笑む。それはいつしか「首切り地蔵」と呼ばれ、残された者たちの心の拠り所となった。杉田玄白らによって「腑分け」(解剖)が行われたのも、お地蔵様は静かに見守っていたに違いない。

首切り地蔵

慈愛に満ちた穏やかで柔らかな笑みを湛え、衆生を見守る首切り地蔵。

千住
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千住千住
千住

複雑に絡み合い、出会いと別れを繰り返し、もつれ合いながら線路は続いてゆく。

千住
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千住

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HikoZa

温泉と海と甘いものと辛い物を好みます。映画は年に100本ほど。

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