うばがもち

うばがもち

うばがもち

家康も芭蕉も食べたうばがもち

全国的な知名度で言うとどうしても群馬県にある温泉に軍配が上がってしまうが、琵琶湖の南端、琵琶湖を挟んで滋賀県大津市の対岸側に草津という都市がある。遠方の地の人ならいざ知らず、近隣の人たちは当然の様に知っている名前の都市だ。それもそのはず、滋賀県では大津市につぐ人口を持つ町であり、JR東海道本線、草津線、国道1号、名神高速道路、新名神高速道路といった日本の東と西を結ぶ大動脈の通う場所でまさに交通の要衝にあたる都市なのである。そもそも草津は東海道と中山道が接する宿場の町「草津宿」として古くから重要な位置を占めてきた。往時は旅籠だけで72軒もあったというから、その繁栄ぶりが伺える。江戸を経ってここまで来れば五十三番目の大津宿へは3里24丁の距離。目指す京の都もすぐそこだ。

そんな草津の地に生まれ、400年に渡って人々に愛されているお菓子が「うばがもち」だ。家康が褒め、芭蕉が食べた。近松門左衛門は浄瑠璃、常磐津『名物姥が餅』に、そして広重や北斎は浮世絵や東海道名所図会に描き、伊勢参宮名所図会にも描かれて「草津名物」として広まったという菓子。漢字で書くなら「姥ヶ餅」または「乳母ヶ餅」。なぜそんな名前がついたかはうばがもちの歴史を辿ってみなければならない。

時は、永禄年間(1558~1569)。武田信玄が上杉謙信と川中島で戦い、織田信長が「桶狭間の戦い」で今川義元を破りいよいよ全国統一を成し遂げようとしていた頃である。永禄十二年、近江の国(現在の滋賀)の大名、佐々木左京太夫義賢も織田信長に滅ぼされ、一族郎党は散り散りにならざるを得ない状況であった。義賢には三歳になる曾孫がいたが、その曾孫を貞宗の守刀と共に預けたのが乳母「福井との」。「との」は郷里である草津に戻り、主人の言いつけどおりにその幼子を養ったという。乳母が日々の糧を得る方法としてとったのが、もちを作り売ることだった。餅を作り街道に出ては、往来する籠などにすがり「懐きたる子は由ある子なり。其養ぐさえ」と言って泣いては餅を買ってくれるよう訴えたため、不憫に思った人々が餅を買っていった。それは人々の情に触れたのみならず、味も良かった事から、次第に人々の噂に上るようになり、いつしか「乳母がつくる餅」ということで「うばがもち」と呼ばれ名物になっていった。

うばがもちの味

さて、その「うばがもち」。一体どんな味がするのだろうか。こし餡に包まれ三角に形作られた餅は、頭頂部にちょこんと白い餡が飾りとして乗っている。この白い飾り、三十年程前は砂糖だったというが、現在は芋を混ぜ込んだ白餡とのこと。もう少し、時代を遡ると砂糖自体が貴重品だった事も有り、飾りは乗っていなかった。うばがもちは指先にちょこんと乗るほどの大きさで、二つに切ったり噛み切ったりする事もなく、ぽいっと口の中に放り込めてしまう。この手軽さがいい。一個取って口に放り込む。想像していたよりも軽やかで上品な甘さだ。地元滋賀の新米を使用して作っているという餅の歯ごたえもちょうどいい。食べるのにちょうどいいだけではなく、この大きさ(小ささ)は歯ごたえや甘みのバランス的に非常に心地よいのだ。物足りない感じでも、もてあます感じでもない。ぴったりとはまる大きさと甘さといおうか。食べる前は、小さすぎて物足りないんではないかと思っていたが、考えていたよりも一個での満足感は高い。満足感はあるが後を引くので、もう一個、もう一個と気がつけば5個も6個もパクパクと食べられてしまう。家康が感心し、与謝蕪村が歌に詠んだというのも頷ける。さすが、「400年も人々に愛され続けたお菓子」は伊達じゃない。

姥ヶ餅(うばがもち)

余談だが、草津から大津へは「矢橋から琵琶湖を船で渡っていくルート」と、「湖を回り南部の「瀬田の唐橋」を渡っていくルート」があった。京都に行くには船に乗って湖を横断するほうが、橋経由の陸路より断然早かったのだが、そのかわり比叡山から吹き降ろす「比叡おろし」という突風で、遭難する船も少なくなかったという。そこから生まれた歌が、「もののふの 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」という歌で、これが「急がば回れ」の語源といわれている。そして、草津で一休みした旅人はうばがもちを食べながら、京に行くのに、船と陸路どちらを取るか悩んだのだ。そして、誰とはなしに口にするようになったのが「瀬田へ廻ろか矢橋へ下ろか此処が思案のうばがもち」という言葉。この言葉と共にこの草津名物「うばがもち」は益々広くその名が知られるようになったそうな。「うばがもち」、草津を通る旅人は一度は口にしたい名物である。

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