穂高岳
公開日: 2007年8月17日 | 最終更新日 2015年6月28日
北アルプスの峰々と風景
遠くの空が白み始める頃、涸沢(からさわ)カールは俄かに忙しくなる。既に幾つかのパーティはヘッドランプを装着して出発した。
ヘルメットにザイル姿の岩登り人は、日本三大岩場の一つにも数えられる岩壁を目指して歩いていく。
深い青色と薄光の入り混じる中、まるで息を潜めた原子力潜水艦のように、ゆっくりと進んでいく。
ヘッドランプのその先は、彼らの行く手を阻む壁だが、その壁こそが彼らの想いであり、命であり、情動なのである。
それはとても純粋な世界。進む理由も無く、さりとてやめる理由も無い。やめる理由が無いならば、前に進むしかないのだ。そこにあるのは衝動だけなのである。
やがて、山の間隙(かんげき)を縫って昇ってきた太陽が、3000メートルの峰々を照らし出す頃、稜線を経て頂を目指す人々が徐々に動き出すのである。
木々が空に向って枝を伸ばすように、天界に憧れ、光にとらわれた人々は上へ上へとその歩みを進めていくのだ。
穂高岳・・・奥穂、涸沢岳、北穂、前穂、西穂などの峰々からなる穂高連峰の総称。岐阜県と長野県の県境に連なる飛騨山脈(北アルプス)にその山々はある。主峰の奥穂高岳の標高は3190メートル。日本第三位の高さを誇る。
出発前に装備を確認するクライマー達
涸沢カール
ここにはかつて厚さ数十メートルに及ぶ氷河があった。地球が今よりももう少し寒い頃の話だ。
標高2000メートルを超えるこの地に降った雪は、凍結と融解を繰り返し、
さらに後から降り積もった雪や氷の重さで圧力を加えられることによって氷河を形成する氷の粒に変化する。これらの粒がさらに圧力を加えられることによって、氷へと変化し、氷河になるのである。
氷河は自身の重みで少しずつ少しずつ下のほうへ流れていく。この時、この氷河に削られて谷が出来る。カール(圏谷)とは、この氷河の浸食作用によって出来たU字の谷のことである。日本では他に木曽駒の千畳敷カール、仙丈ケ岳の千丈カールなどが有名だ。
氷河が消え去った今も、ここ涸沢カールに冬降り積もった雪は、夏になっても溶けずに残る。それらの、固くしまって、波打ち、変形した残雪が残る場所が雪渓である。時にもろく崩れやすく、そこかしこにクレバスが開き、また上部岩場で崩落があっても音がおきにくい為、注意が必要な場所とされている雪渓も多い。
しかしながら、雪渓の向こうに、目にも鮮やかなお花畑が広がっている場所もまた多いのである。
気温7度。防寒具に身を包み、アウターシェルを纏う。
今日一日の行程を頭の中で巡らせ、ある者は子供のようにわくわくどきどきし、ある者は一抹の不安を抱き、またある者は軽い酩酊の中の清々しさを、それぞれの背中に感じながら、凛としまる空気の中で、深く深く息を吸う。
峰々が次第にオレンジ色に染まっていく。ふと息を呑んでいる間に世界は変わっていく。
小さな小川のような清澄な気空の中、乾いた身体が浮遊していく感覚。
下界で全てが変わっても、きっとここだけは何も変わらない。そんな風にさえ思えたりもする
そのあまりの美しさに、後毛は逆立ち、髄液が沸騰する。
左手に雪の斜面、目の前に黄色や白の花が咲き乱れ、その先に岩崖を望む。まばゆいばかりの太陽と抜けるような青い空。欠けるものの何一つ無い、完璧な構図である。そこはきっと、天上世界の入り口。
夏山の魅力は、魔力と背中を合わせ、今日も人々の心をひきつけてやまない。
涸沢からザイテングラードをへて、涸沢岳と奥穂高岳の間、通称”白出のコル(鞍部)”と呼ばれる場所にたどり着くと丸木作りの山荘が目に飛び込んでくる。標高3000メートルのこのせまい稜線上によくぞ建てたものだと感嘆するほどとても立派な山荘だ。建物の前には美しい石畳のテラスがひろがり、ベンチとテーブルもあって、晴れた日には実に快適な雰囲気である。
赤い屋根に干された布団が沢山並ぶ様は中々壮観。
青空の下、ごろりと横になって日向ぼっこでもしたら、さぞや愉快なことだろう。勿論ここは高度3000メートル、日焼けは必至。
午後になり、信州側(東)にうまい具合にガスが出ている場合には、西からの太陽の光でガスに自分の影が映るのを見ることが出来る。いわゆる「ブロッケン山の妖怪」(日本ではご来迎とも)などと呼ばれている現象で、太陽の光がガス(雲・霧)中の非常に小さな水の粒子にあたって後方散乱を起こすために発生する。それは神秘的で、そして美しい。
ザイテングラード~涸沢は写真中央右方向、正面に見えるのが標高3103メートルの涸沢岳。そのまま北穂高岳、南岳、中岳等を経由して槍ヶ岳にいたる。
穂高岳山荘、収容人員は実に300名に達しようかというとても大きな山荘なのである。
穂高岳山荘から穂高連峰の主峰、奥穂高岳までは約50分。
蝶ヶ岳頂上から見た北アルプス主稜線の山々。左手より西穂、奥穂、涸沢岳、北穂、南岳、中岳、槍ヶ岳等そうそうたる山々が並ぶ。
日の光を浴びて峰々は染まる。
透き通った梓川の水は日光を浴びてきらきら輝き、吹き抜けていく風が心地よい。
出陣前のひと時。平和で長閑な時間は過ぎていく。
上高地方面から穂高連峰へのメインルートの途中に位置する横尾は、槍や蝶ヶ岳への分岐点でもあり、多くの登山者やハイカー、観光客で賑わう。
河童橋と名のついたこの橋を渡り、人々は涸沢を目指し、また戻ってくる。
ゴールデンウィークや夏休み、特にお盆時期はひっきりなしに人が行過ぎる。
期待や希望や不安や夢や達成感や疲労感を抱きながら。
河童橋を渡り、横尾谷にそって屏風岩を左に見ながら、回り込むように歩き続けると、三時間ほどで涸沢に着く。
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穂高岳(ほたかだけ)上高地ルート DATA
- 交通: 松本電鉄上高地線新島々駅から松電バス上高地行きで1時間10分、終点下車。
- 参考ルート: 上高地バスターミナル→明神館→徳沢ロッヂ→新村橋→横尾避難小屋→横尾山荘→本谷橋→涸沢ヒュッテ→涸沢小屋→北穂高岳→北穂高小屋→北穂高岳→穂高岳山荘→穂高岳→前穂高岳→岳沢ヒュッテ→上高地バスターミナル
- 参考タイム: 19時間
- 参考日程: 2泊3日
- 距離: 約28km
- 標高差: 1690m
穂高岳
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