なれずし・馴れ寿司

シリーズ「日本の伝統食を守る」

なれずし・馴れ寿司

鮎のなれずし

究極の美容食

なれずし・馴れ鮨・馴れ寿司 東宝茶屋世界遺産の一つ「熊野速玉神社」から程近い、新宮市横町に、知る人ぞ知る天下の絶品を供する店がある。

その店の名は「東宝茶屋」。そして、「天下の絶品」とは「30年ものの本なれずし」のことである。その味、その存在感はまさに「宝」。店の名前は決して大げさではない。一度でもお店に訪れたことのある方なら、名前を聞いただけで、ごくりと唾を飲むかもしれない。もしくはお腹がきゅっとなるであろう。少々クセが強いその品は、人によって好き嫌いが分かれるかもしれないが、好きな人にはたまらない味なのである。

秋刀魚のなれずしと30年物のなれずし
秋刀魚のなれずしと30年物のなれずし

「なれずし」とは現在我々が口にする寿司の祖先とも言われるもので、冷蔵庫などまだ無かった時代、人々の知恵と自然の恵みといくばくかの偶然によって生み出された偉大な発酵食品の一つだ。地方によって特色があり、また呼び名も多少違うのだが、有名なところでは、滋賀県琵琶湖の鮒寿司がある。これは正に文字通り、フナを使ったもので、塩を混ぜたご飯に内臓を取って塩漬けしたフナを漬ける。それが時間とともに乳酸発酵し、タンパク質がアミノ酸へと変化し、酸味がかった、なんともいえない旨みをもった一品になる。漬ける期間は、「はんなれ」と呼ばれる短いもので数日~数週間、一般的には数ヶ月から数年間。フナのほかにコイや鮎、オイカワ、ハイジャコなどを使ったものがあり、昔から海のない地域の貴重なタンパク源であった。

また海のある地域でも、アジやサバを使った寿司があり、特に石川県や富山県などで冬の寒さを利用して作られるかぶら寿司は有名。これはかぶとブリを漬けた物。さらに日本海側を北上すると、秋田、青森そして北海道沿岸部などで食されている、はたはたやほっけ、にしん、鮭などと米麹を使って作られる「スシ」(鮓)と呼ばれる飯寿司ががある。

さて、和歌山県新宮市は「熊野」と呼ばれるエリアの一部だが、この熊野でも昔から、寒流に乗って南下してきた秋刀魚を使ったなれずしが作られ、食されてきた。秋刀魚ははるばる三陸沖から南下してくるので、熊野灘あたりで捕獲される頃には、脂が落ちている。しかし、それこそが、質のよい秋刀魚のなれずしを作るうえで欠かせない条件なのだ。北海で獲れる秋刀魚が10~20%もの脂を含んでいるのに対し、紀州沖や熊野灘で獲れる秋刀魚の脂肪含有量は4~5%ほどだ。

秋刀魚のなれずし
秋刀魚のなれずし

秋刀魚はまず背開きにして、内臓や骨を取り除き、塩をまぶして一年間寝かせる。それをご飯とともに漬け込み、3週間~1ヶ月ほどで「秋刀魚のなれずし」が完成する。鮒寿司などは一緒に漬け込んだご飯は食さないか、もしくは別に食するのだが、この秋刀魚のなれずしは、写真を見てもお解りの様に、漬け込んだお米とともに食する。その感触はお餅に近く、その少々ねっとりした感のあるなれずしを箸で分け、口の中に入れた瞬間、爽やかな酸味と旨みが口中に広がるのである。絶妙の塩加減と漬かり具合。

このなれずしは、別名「小言ずし」とも呼ばれるそうで、各家庭によってそれぞれのレシピ、それぞれの味があり、またその年の出来具合や漬かり具合の度合いも様々。それを食べる人たちの好みも様々。よって、なれずしを口にした人々がその度に、各々一家言をぶつそうで、そんな呼び名がついたそう。

鮎のなれずし
鮎のなれずし

ここ、「東宝茶屋」はいわゆる郷土料理のお店で、新鮮な魚を使った「ちらし」や、「釜飯」なども美味しいのだが、やはりなんといってもこの「なれずし」に尽きるだろう。それも「30年もののなれずし」を是非おすすめしたい。お店で頂くなら、小皿に入って1500円。勿論それだけの価値はある。その他、秋刀魚のなれずし同様、一尾ままの形で供されるなれずしに、サバと鮎があり、こちらも当然おすすめだ。なれずしとしては鮎の方が歴史があるが、海の魚に比較して若干クセが強いので、初めての方は、まずは秋刀魚のなれずしに挑戦してみるのがいいかもしれない。

30年物のなれずし
30年物のなれずし
サバのなれずし
サバのなれずし

なれずしは一般的に、米と、タンパク質である魚から作られ、その発酵の過程で増えた乳酸菌が豊富に含まれているので、胃腸にとても良いそうである。お店の方によると、新宮辺りのお酒飲みは、「ちょっと今日は飲みすぎたな」という日には、最後に秋刀魚のなれずしを一本食べるという。すると、乳酸菌の力で翌日は二日酔いにならず、胃ももたれないのだそうだ。

また豊富に含まれる乳酸菌が胃腸を整えることにより、美肌効果もあるという。特に30年もののなれずしなど、一日一舐めするだけで、整腸作用は驚くべきものがあるというのだ。それによって便秘も解消され、蓄積されていた毒素も徐々に身体から抜けて、美しいお肌になるであろう事は想像に難くない。「東洋のチーズ」ともいうべき、この30年物のなれずし、つぼに入って5000円也で持ち帰りができる。30年という長い時間と、その素晴らしい味と効果を考えたら、決して高い買い物ではないだろう。

なれずし・馴れ鮨・馴れ寿司なんとも淋しいことだが、なれずしに限らず日本の伝統的な食品は、食生活の西欧化により衰退消滅の一途をたどっている。特にこのなれずしは、作り手が高齢化し、作る家庭も減少してきていることから、その味が消えつつあるという。手間隙かかる調理過程や一部の材料が手に入りにくくなったのも要因だろう。

なれずしの文化がある地域の年配の方に話を聞くと、彼ら彼女らが子供の頃にはどこの家庭でも、その季節になると母親がなれずしを作り、皆で食べていたものだという。食は世につれ変化していくものなのかもしれないが、この世界に誇るべき素晴らしい発酵食品、そして究極の美容食たる「本なれずし」がなくなってしまうなど寂しい限りだ。この日本の食文化の一つの極みともいえる発酵食品、是非とも後世に伝えていきたいものである。

 
 

Japan web magazine’s recommend

なれずし・東宝茶屋

+-で地図を拡大縮小

Share