片岡家住宅

重要文化財 片岡家住宅

歴史を見てきた家

奈良県宇陀市。県北東部に位置し、桜の名所吉野にも程近い場所にある静かで穏やかな町だ。辺り一体は古代、「阿騎野」と呼ばれ、宮廷の狩場であったと伝えられる。かの柿本人麻呂が歌を詠んだ地としても知られる由緒ある場所だ。十七世紀以降は織田松山藩3万石の城下町となり発展、現在も町のあちらこちらに歴史を感じさせる町並みが残る。そんな宇陀市の中心部から車で25分ほど走った場所に一軒の立派な萱葺き屋根の家がある。それが片岡家住宅だ。

宇陀市中心部から通称、伊勢本街道と呼ばれる370号線を南下、阿騎野ゴルフコースを過ぎて左折し間もなく、ある種典型的日本の景色ともいえる美しい里山の風景の中、一際目を引く豪奢で重厚な萱葺きの屋根の家が左側に見えてくる。周囲一体を見下ろす場所にあるいかにも立派な造りの家だ。坂道を上がったすぐ右側に車数台を止めるスペースがある。

車を下り、簡素ながらも素敵な門のところで訪問の旨を告げると、中から「どうぞどうぞ」とにこやかな笑顔と共に一人の白髪の男性が出迎えてくれた。片岡家二十代目当主、片岡彦左衛門氏だ。「そんな格好で寒うないですか」と薄着のこちらを気遣いながら、先に立ち敷地内へと招き入れてくれた。

片岡家住宅

片岡家は江戸時代初期頃より代々、近郊の九ヶ村を束ねてきた大庄屋の家柄。主に年貢の割付や情報伝達などの諸事を担っていたという。萱葺きの主屋は寛文10年(1670)に築かれ、修繕の手が加えられながら、現在まで大切に守られてきた古家。客室(天明2年(1782)の改築)、表門(天保3年(1832)築)と共に昭和36年、国の重要文化財に指定された。とはいえ、現在も住居として使用されているのだという。訪問者は口を揃えて「古くて立派で素敵ですねぇ」と感想を述べるそうだが、実際に居住するには様々なご苦労がおありという。「まず、堪えるのが何といっても冬の寒さです。」そもそも宇陀市は夏は涼しくて過ごしやすいが、冬は寒いのだそうだ。が、その上、天井の高さが高く、隙間の多い昔の造りの家は風が抜けて寒いのだという。確かに、どっしりとした外見からは気付かないが、内部から見るとがらんと天井が高くて実に寒そうな造りではある。幾ら火を焚いたところで中々追いつかないだろう。その後、ゆっくり丁寧に、竈(かまど)や主屋の柱、かつては殿様が休んだという客室、萱葺きの屋根、門などについて解説をしてくれた。

片岡家住宅

   

300年以上を経た部屋の柱は、長い時を感じさせる濃黒の渋い色に染まっている。竈(かまど)の煙などで長い時間燻される事によって出る色だ。

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多少の雨が降っても縁側が濡れないよう大きく張り出した軒先。家から見える範囲全てが片岡家の土地だったというかつてを偲ばせる立派な作りだ。

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昔の職人の技が光る欄間(らんま)。花組子を用いた「花狭間欄間」と呼ばれるもの。

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大和郡山藩の藩主が狩りに訪れた際に休息した「御殿」の名がつく客間の屋根には「本陣(藩主が泊まる場所)」を意味する「本」の字が見える。

    

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幹周り7メートル以上を誇る大きな欅の木。正確な樹齢は不明とのことだが、300年以上前に片岡家の祖先がこの地に家を構えたときには既にこの欅の木はここにあったと記録が残っているという。

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春には桜の花の色が萱葺きの屋根をバックに淡く美しく映える。

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見上げる程の高い位置に設けられた明り取り用の窓。昼でも家の中は暗かったという電気のない時代に少しでも明かりを入れるための工夫。

片岡家住宅
片岡家住宅
片岡家住宅

重要文化財である以上、勝手に修理や改築は出来ない。県に届出後、修理が必要な箇所のみを専門の大工が来て手を加えるのだという。先祖から伝えられてきた立派な家屋への愛着を穏やかな口調で語るご当主。言葉の端々に、古い建物を守り伝えていく事の責任の重さと大変さが滲む。

長時間にわたり丁寧に案内、解説をしてくれたご当主片岡彦左衛門さん。若い頃には東京に住んでいた事もあったとか。物腰柔らかな二十代目の主だ。

 

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築340年を誇る古民家。見学は随時可能だが、要予約。現在も住居として使われているが、公開箇所では、時間の積み重ねられた艶やかな木の柱などを間近で見る事が出来る。

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