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滋賀県の神社・仏閣

石山寺

奈良の「長谷詣」や京都の「清水詣」と並び人気が有ったのが「石山詣」。宮廷の女官の間では、観音堂に篭り一晩読経をしながら過ごすという習慣が流行ったという。その舞台になったのが滋賀県大津市、琵琶湖から唯一流れ出る川「瀬田川」のほとりにある「石山寺」だ。聖武天皇の発願で、僧の良弁によって747年(天平19年)に開山されたと伝えられる石山寺は、その名を本堂の下にある天然記念物の巨石「硅灰石(けいかいせき)」に由来している。日本でも有数の観音霊場として知られ、西国三十三箇所観音霊場第13番札所。本尊は如意輪観音、真言系仏教宗派のひとつ東寺真言宗の寺院だ。

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比叡山延暦寺

京都と滋賀の国境、琵琶湖を見下ろすようにして聳えている比叡山は古来より、山岳信仰の対象として、人々の崇敬を受けてきた場所だ。比叡山は古くは「日枝山(ひえのやま)」と呼ばれ、「大山咋神」(おおやまくいのかみ)(大きな山の所有者の神)を祀っていた。さらに668年(近江京遷都の翌年)、京鎮護のために三輪山大神神社の大物主神(おおものぬしのかみ)を勧請し、ともに祀ったと古事記に記されている。その比叡山の山中、500ヘクタールという広大な面積(ほぼ比叡山全域)を占める域内に点在するおよそ150の堂宇の総称が天台宗の総本山たる延暦寺だ。空海の開いた真言宗の総本山高野山金剛峯寺と並び、平安時代より1200年に渡って多くの人々の崇敬を受けてきた歴史的にも重要な場所で、日本の代表的な聖地の一つだ。

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日吉大社

平安の時代より京の表鬼門を護り続けてきたのが、全国に2000社以上あるといわれる日吉神社(日枝神社・山王神社)の総社である「日吉大社」だ。創建は古く、712年に書かれた古事記には既に日吉神社の記述がある。794年の平安京遷都により、京の都から北東45度に当たるこの地は風水でいう鬼門に当たることとなり、爾来、京の表鬼門を護る神として人々に崇敬され、信仰されてきた。織田信長の時代、比叡山焼き討ちのあおりを受けて、境内の建物を焼失してしまうが、その後豊臣秀吉の庇護を受けて復興、この頃に再建された西本宮本殿、東本宮本殿並びに拝殿、楼門などの建物が現在も残っている。

日吉大社

近江神宮

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三井寺

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豊国神社

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大通寺(長浜御坊)

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長浜八幡宮

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舎那院

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御上神社

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日牟禮八幡宮

日牟禮八幡宮

古くから近江商人の信仰を集め、今も近江八幡の町を見つめ続ける神社が、日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)だ。JR近江八幡駅から北西方面に徒歩で30分、近江八幡の町の一画に、八幡山を背後に鎮座している。創建は古く、伝承によれば131年、大和朝廷の初期(景行天皇・成務天皇・仲哀天皇・応神天皇・仁徳天皇の5代に渡る時期)に棟梁之臣・大臣として仕え、国政を補佐したとされる伝説的な人物・武内宿禰が、成務天皇に命じられ、この地に大嶋大神(地主神)を祀ったのがその最初という。祭神は誉田別尊(ほんたわけのみこと)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、比賣神(ひめかみ)の三柱。

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木之本地蔵院

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意波閇神社(おはへじんじゃ)

意波閇神社
意波閇神社

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滋賀県の城

彦根城

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長浜城

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安土城址

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小谷城跡

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滋賀県の古い町並み・名所・旧跡・歴史観光スポット

長浜

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長浜旧開知学校

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東近江市 五個荘金堂町

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近江八幡

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木之本

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滋賀の食べ物

滋賀の郷土料理 / 滋賀のグルメ

鮒寿司(ふなずし)

琵琶湖で獲れるニゴロブナを使って作られるなれずしの一種「鮒寿司」。鮒寿司を知らない人が初めて見たら、これが寿司の元祖・原型というのは中々信じられるものではないだろう。溶けかかったような見た目、タンパク質が乳酸発酵した独特の強烈な匂い。現在の「寿司」と呼ばれている美しく艶やかなそれとは明らかに違っている。違っているどころか、これは食べても大丈夫なのだろうか、とさえ思ってしまうかもしれない。

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ゴリの佃煮

ゴリの佃煮

鮒の子まぶし(鮒の子付き)

鯖そうめん

のっぺいうどん

ぜいたく煮

しじみの佃煮

エビ味醂煮

ワカサギの甘露煮

赤カブの漬物

あゆ巻(鮎の昆布巻き)

鮎を丸ごと北海道産の幅広肉厚の昆布で丁寧に包み、醤油、酒などの調味料と共にじっくりと炊き上げたもの。子持鮎巻は食べやすいように、骨までしっかりと柔らかく仕上げてある。鮎の旨みがしみこんだ昆布は絶品。

エビ豆

「えびたつべ」と呼ばれるかごを使った伝統的漁法で獲られる琵琶湖産の小エビ(スジエビ)と大豆を醤油や砂糖、水あめなどで甘辛く炊いたもの。「小エビと大豆を炊いたん。」湖北地域伝統の郷土料理・お袋の味だ。長浜や木之本地域のスーパーの惣菜コーナーでも見かけるお惣菜で、地元の人々にとってはご飯のおかずやお酒のつまみとして比較的身近なもの。おせち料理の一つとしても食される。

しじみ豆

茹でた大豆に、醤油や砂糖などを加え、しじみと共に炊いたもの。「しじみと豆の炊いたん。」しじみのエキスのうまみと大豆の甘みが絶妙に合う。エビ豆と同じく、湖北地方の郷土の味。

小鮎の佃煮

小鮎とは鮎の稚魚ではなく、琵琶湖にのみ生息する小さなサイズの鮎のこと。成長しても体長5cm~10cmほどのものを指す。といってもこの小鮎、通常の鮎と別種なわけではなく、例えば「サクラマスとヤマメ」のように、元々は同じ大きさだったものが、住処が変わる(川を遡上するものと、産卵直前まで琵琶湖に住み続けるもの)ことによってサイズが異なった鮎だ。川を遡上するものは一般的にみられるサイズの鮎に成長、琵琶湖に住み続けるものはそれほど大きくならないため、小鮎と呼ばれる。琵琶湖周辺では、この小鮎を様々に調理して食べる。その中でもポピュラーなのがこの佃煮。山椒の香り高い旨みと滋味溢れる逸品だ。

サバのなれ鮓

小鮎の若干し

赤こんにゃく

赤こんにゃくの煮物

近江八幡のコンニャクは赤い。こんにゃくが赤くなった理由、それは織田信長にたどり着く。派手好みだった信長が、地味な色をしたコンニャクを赤く染めさせたのがその始まりだとか。派手なものが好きとはいえ、コンニャクにまで色をつけなくても・・・と思うのは常人の発想か。普通の人と違う思考を持ってこそ、何かを成し遂げられるのかもしれない。また、別の説では、全国を回って商品を売っていた近江商人が、郷土の祭「左義長まつり」の山車に飾られる赤紙をヒントに思いついたアイデアというのもある。いずれにせよ、未だに(地元の人々を除く)沢山の人を驚かせていることを考えると、彼らのアイデアは成功したといえるだろう。この赤いコンニャクはいつしか近江の人々の間に浸透し、日常食としては勿論、冠婚葬祭には欠かせない食材になったという。

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日野菜漬(さくら漬)

日野菜は滋賀県の伝統野菜で、県南東部にある日野町が発祥と伝わるもの。室町時代に、時の領主蒲生貞秀公が爺父渓にある観音堂に参詣したおりに自然に生えていたものを発見し、それを持ち帰って漬物にしたところ、見た目が美しく風味も素晴らしかったことから、公家に贈りさらにそれが天皇に献上されたという。その見た目と味に天皇もいたく喜ばれ、公家を通して「近江なる ひものの里の さくら漬 これぞ小春の しるしなるらん」という和歌を一首蒲生貞秀に下賜された。それ以降この野菜は日野菜と呼ばれ、それを漬けたものはさくら漬けと呼ばれ人々に愛されたという。

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スヤキ

近江ちゃんぽん

サラダパン

山椒せんべい

がらたて

長浜ういろう

若あゆ

でっち羊羹

滋賀県の自然・観光スポット

琵琶湖

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竹生島

宝厳寺唐門

舟廊下

都久夫須麻神社

拝殿からのかわらけ投げ

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余呉湖

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