法隆寺

法隆寺

 

世界最古の木造建築

建築は凍った音楽だという。共に絶対の均衡を保つためには、厳密さと厳正さが要求される。完成品がいかに壮大であろうとも、その制作には一つ一つ部品(ノート)を丹念に積み重ねていかなくてはならない。それぞれの箇所(パーツ)が全体を構成する。担当部署(楽器)が一つ欠けても成り立たない。しかし、音楽はどれほど素晴らしいメロディーであろうと和音であろうと演奏であろうと、それは目には見えないし、(厳密な意味で)形としてそのまま残ることはないが、建築物は違う。設計図が引かれ、材料が切り出され、積み重ねられまたは組み立てられ組み込まれ、そうして作り上げられるところは、音が積み重ねられ楽譜に書き込まれて曲ができそれらが熟練の演奏者によって丁寧に演奏される音楽と共通している。が、そこには絶対的な音楽との差異がある。そう、音は心に残るが形ある存在としては残らない。しかし建築物は「目に見える存在」としてこの世に現れ、そして(当然多少その形は変えながらも)目に見える存在として残り、後世に伝わっていくのである。まさに「音楽」が凍って形を成したかのように、音楽の厳正さと厳密さとを持ちつつ、その意匠は目に見えるものとして、(ある程度)その状態を保ったまま後世に残っていく。

法隆寺

しかし、同時に「形あるものはいつか壊れてしまう」という宿命には逆らえないのも事実。人類がこれまでに作り上げた数々の素晴らしい建築物で、雷や山火事などの天災、兵火や破壊、棄却廃絶などの人為的原因、または経年劣化、風雪による消耗疲弊などの理由で、失われてしまった建築物は一体どれほどあるのだろう。確かに、壮麗豪華絢爛巨大な建築物は、時に人民に多大な負担と苦難を強い、その生活を脅かした。建築物それ自体は決して当時の人々の幸福に直結するものではなく、一部の権力者たちのものだった。しかしその事実と建築物自体の価値とはまた別の話。人類単位で考えた時に、やはり人の知と力の集合である建築物は人類の共有財産ではないだろうか。ゆえに、(天災は或る程度やむをえないとしても)戦争や故意の破壊など人為的理由で、幾星霜を乗り越え残ってきた素晴らしい歴史的建築物が失われてしまうことは実に残念なことだと思うのである。多少の劣化や損傷損壊は修理修復が出来ても、焼失したり全壊に至ってしまったものは中々元あった通りに再建できるものではない。

世界に目を向ければ、建築物や遺跡などは、権力を握った者の人種や宗教、イデオロギー如何(いかん)で、例えそれがどれほどの長い歴史を持ちどれほど素晴らしい意匠と意味を持った構造物であろうとも、(特に宗教に関連する建築物は)破壊されたり、改築されてきた。コルドバのメスキータのように、改築されて、それはそれとして素晴らしいものに成りえたものはまだ救いがあるが破壊されてしまってはどうしようもない。最近の例で言えば、爆破されてしまったバーミヤンの遺跡などのように。

メスキータ内部

コルドバのメスキータ。イスラムの建築物をキリスト教徒が改築。

政治の中枢において、それほど宗教的な変化がなかった日本でも、例えば仏教伝来時、例えば明治維新の廃仏毀釈時に多くの建築、建造物が破壊された。10世紀に創建され、かつて奈良「山の辺の道」近辺において広大な敷地に最盛時には50以上ともいわれる伽藍を持ち、東大寺、興福寺、法隆寺に次ぐ格式と勢力を誇っていた内山永久寺も明治維新後に大規模な破壊と略取にあい、現在では跡地も畑へと変わってしまってその存在の痕跡さえ殆ど残っていない。建築時にどれほど多くの人材と長い時間をかけ、さらに長い歴史を経たとしても、イデオロギーの変遷によって、実にあっけなく破壊されてしまった。そう、信頼を築くのには時間がかかるが、失われるときは一瞬であるのと等しく、建築にどれだけ長い月日がかかろうとも、それがどれだけ長い歴史を持とうとも、失われてしまう時は驚くほどにあっけない。そしてそれは、例えば時の権力者には何も意味がなくとも、人類にとっては一つの素晴らしい「音楽」を失うことに等しいのである。

内山永久寺の伽藍図

在りし日の内山永久寺の伽藍図(大和絵図より)

 

法隆寺

さて、法隆寺である。607年(推古15年)創建。別名「斑鳩寺」という。一度焼失後再建されたという説と非再建説があるが、いずれにしても、築1300年以上といわれる現存する木造建築物の中では世界最古の建築物。燃えない石造りならまだしも火事になったら灰になってしまう木造(檜造)である。また日本は地震に台風そして雷と天災がこれでもかと猛威を振るう国でもある。さらに、この法隆寺でさえも、明治維新の廃仏毀釈の嵐を逃れることは出来ず、老朽化していた伽藍や堂宇を棄却するか売却するかの選択を迫られ、すんでのところで売りに出されるところであったという憂き目にも遭っている。まさに内山永久寺と同様の運命を辿っていたのかもしれないのである。このように考えてみると、創建以来1300年以上に渡って建ち続け、今も斑鳩の地にその姿をとどめているという事実がいかに驚くべきことか。

  

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法隆寺

国宝「五重塔」

法隆寺

燈籠と大講堂

法隆寺

金堂

法隆寺
法隆寺
法隆寺
法隆寺

   

法隆寺

聖徳太子はその知名度に反して未だ謎の多い人物。その出生から死に至るまで数々の伝説が付きまとう。そして、その聖徳太子が建てたというこの法隆寺も依然として解明されていない部分が多いのだ。なにしろ1300年以上も前の事なのだから無理も無いといえばそうなのだが、そのような解明されていない部分がさらに法隆寺と聖徳太子を特別な存在にしていく。

法隆寺
法隆寺
法隆寺
法隆寺

回廊

法隆寺法隆寺
法隆寺

 

千年の魅力

この美しき世界最古の木造建築物を見てつくづく感じるのだ。時が積み重なっていくことの凄さを。無常であるこの世において、千年以上に渡って何かが形として残っているということの素晴らしさを。そして、考えても実に詮無いことではあるが、やはりふとした瞬間に思ってしまうのだ。幾多の戦乱と天災人災等の災害とイデオロギーの変遷がなければ、どれほど多くの素晴らしい建築物が今も残っていたことであろうかと。そうして消えていった建築物に思いを馳せながら、改めて法隆寺の存在の奇跡に思い至る。

有り体に言えば、先代から伝わってきた古き良きものを受け継ぎそれを大切に守り、そして次の世代に伝えていくのが、今の私たちの使命であるのだろう。歴史の中で「歯車」は次の「歯車」へと「時」を伝えていかなくてはならない。しかし、そんな大義名分もさることながら、今この瞬間に煌めく「刹那の美しさ」というものを感じたいともまた思うのだ。「刹那の美しさ」、それは長い時間を経た物のみが持つ「美しさ」である。そして壊れてしまうという危うさを持っているからこそ放たれる美しさでもある。「時」というものの不思議さと逆らうことの出来ないある種の強引さ。現代の最高水準の技術と技巧を凝らしても、「時の流れ」というものに太刀打ちできない。時の流れも止められないし、時の流れを経て出来上がったものを作り出すことも出来ない。模倣は出来ても、「そのもの」を作り出すことは出来ないのだ。「1300年」という時間の流れを作り出すことは、出来ないのである。そんな悠久の流れの中、「時」の或る瞬間である「今」に生きる私達のみが見ることの出来るこの瞬間の美しさ。法隆寺が持っている魅力とは、まさにそんな時の積み重ねでのみ醸し出される「瞬間の美しさ」の集合体なのではないだろうか。

法隆寺に行くのなら、午前8時。開門の時間。朝の空気が清々しい時間、人もまばらな境内で1300年の時の流れと対峙する。圧倒的な存在感は、穏やかさを持っている。本物はゆがまない。本物は自然である。よこしまな心も言い訳もない。

世界遺産「法隆寺」。時の流れに抱かれながら、「時」そのものを感じることの出来る特別な空間である。

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