明星院のアジサイと錦鯉
弘法大師・空海が、2年間に渡る唐滞在の後、帰路の途中に立ち寄ったといわれるのが長崎市内から西に100キロメートルの沖合に浮かぶ五島列島・福江島にある明星院。
かつて遣唐使たちは、国内最後の寄港地であるこの島で唐へ渡るための風を待ち、唐から帰国する際も暴風雨を避けるためなどの理由でこの島に立ち寄ることも多かったという。20年間の予定を2年で切り上げ帰国した弘法大師も、帰路暴風雨に遭い、この島に立ち寄った。
その折、弘法大師は、この福江に虚空蔵菩薩が安置されているということを耳にする。教えられた場所に足を運び、その場所で真言を100万回唱え終えた日の未明、明けの明星が光り輝いているのを目にし、自らが唐で修めた密教が民や国家の為になるという瑞兆(吉兆、良い知らせ)と確信、それがこの「明星院」の名の由来だ。
写真は、それから1200年あまりの時が流れた6月の或る日の明星院の風景。
庭にはアジサイが今を盛りと咲いていた。傍らの池では幾匹もの錦鯉がゆったりと泳いでいる。
弘法大師は、寄港したこの島の玉之浦の大宝港そばの寺院で真言密教を開いたため、後にこの寺(大宝寺)は西の高野山とも呼ばれるようになった。弘法大師が朝廷から高野山を下賜されたのは、島に立ち寄ってからちょうど10年後の816年のことだ。