山一林組生糸工場跡

山一林組工場は1906年(明治39年)に建設された生糸工場で、明治時代我孫子では唯一の近代的な生産工場であったところ。最盛期には300人あまりの工員を抱え5000貫の生糸を生産していた。志賀直哉の「和解」にも登場する。1925年(大正14年)建立の「蚕霊塔(さんれいとう)」が残る。

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