明倫館

明倫館

明倫館は、桂小五郎、吉田松陰、高杉晋作、井上馨らが学んだ長州藩の藩校跡。水戸の弘道館、岡山の閑谷学校、鹿児島の造士館などと並び称される、国内でも有数の規模を誇った藩校であった。

創設は1719年(亨保4年)。五代藩主・毛利吉元が家臣の子弟教育のため、萩城の三の丸に設立したのがその始まりで、130年後の1849年(嘉永2年)に十三代藩主・毛利敬親が、現在の江向の地に移し、それまでの敷地940坪から約1万5千坪へと拡充、学問のみならず、武芸などの修練も行う総合的な学校として発展した。この時代の学生の数は実に千人を超えていたという。

明倫館では、漢学をはじめ、音楽、医学、天文学、算術、地理、礼式、兵学、馬術、槍術、剣術、騎術、大砲、柔術、游泳などの様々な学問、武術を教えていた。

幕末に活躍した長州藩の多くの志士たちがこの明倫館で学んでいたことを考えると、日本の近代史を語る上で、重要な意味を持つ藩校であったともいえるだろう。

現在、明倫小学校や萩商業高校、萩裁判所がある敷地に、剣槍術場の有備館、遊泳術・水中騎馬の修練が行われた水練池、観徳門、聖賢堂が遺構として残っている。また、明倫館聖廟の建物は、北古萩町の海潮寺の本堂に、南門は本願寺院の表門、観徳門は明倫小学校に現存している。

1929年(昭和4年)12月、「明倫館水練池および有備館」として明倫館碑とともに国の史跡に指定されている。

Memo

明倫小学校内にある建物は、見学の際に事務室に確認が必要。

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