長谷堂城

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築かれた山の形から「亀ヶ城」とも呼ばれていた長谷堂城は、山形県山形市長谷堂にあった城。築城年は不詳だが、16世紀初期頃といわれ、一帯を支配していた最上氏により築城されたといわれている。

山形城の重要な支城の一つであり、1600年(慶長5年)の最上義光と上杉景勝の間に起きた慶長出羽合戦(通称・長谷堂城の戦い)の舞台となったところで、上杉景勝配下の直江兼続は、2万余りの兵を率いて長谷堂城を攻めた。それに対し、最上義光の家臣で智将の誉れ高かった志村伊豆守光安は約1000余りの兵を従えて半月あまりに渡り篭城し、直江側の軍勢を撃退している。このことから「難攻不落の城」として知られるようになった。

現在、城跡は公園として整備され、草木が生い茂る中、濠や虎口、曲輪が残されており、中世城跡の貴重な遺構を目にすることができる。

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