富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社

富士山の神社

富士山を間近に望む町、静岡県富士宮市。B級グルメの先駆け的存在の富士宮焼きそばでその名を知る人も多いだろう、静岡県の東部、富士山の西南側の山麓に広がる人口13万人程の町だ。その富士宮にあるのが、日本全国に約1300社ある浅間神社の総本宮であり、富士山本体をご神体とする神社「富士山本宮浅間大社」だ。現在の地に社が建てられたのが806年(大同元年)というから1200年以上の歴史を誇る神社で、坂上田村麻呂が平城天皇の命により、富士の神である浅間大神を遷座したのがその始まりという。

富士山本宮浅間大社の魅力をフルスクリーンで見る

富士山本宮浅間大社は近隣一帯では最も古い神社の一つ。町の名前「富士宮」も駿河の国の一宮であるこの浅間大社に由来する。

町の中を車で走っていると解るが富士宮市というのは坂道が多い町だ。富士山麓に広がっている町なので当然といえば当然だが、実はこの富士宮市は日本で一番高低差のある町。その高低差はなんと3,741メートル。最低地点は35メートル、最高地点は3776メートル。もうおわかりだろう。最高地点とは富士山の山頂のこと。しかし、これは山頂にある郵便局の電話、住所などが富士宮市にあるという話で、富士山に詳しい方ならご存知の通り、正確には富士山山頂は、静岡県でも山梨県でもない。富士山の8合目より上の部分は、富士山本宮浅間大社の境内なのである。

   

徳川家康造営の本殿。1604年(慶長9年)築。国の重要文化財。このほか拝殿・楼門が現存する。




富士山本宮浅間大社 鳥居と富士山
晴れていれば、ご神体である富士山が鳥居の脇にくっきりと見える。

流鏑馬祭

富士山本宮浅間大社では、例年5月5日に流鏑馬祭りが行われ、小笠原流一門により流鏑馬が奉納される。

駆ける馬の上から鏑矢(かぶらや)を放ち的を射る「流鏑馬」は、平安時代発祥といわれる、馬上における実践的な弓術であり、儀式的性格を持つ武芸の一つ。もとは「うまゆみ」と呼ばれていたものが、馬を馳せながら矢を射ることから「矢馳せ馬(やばせうま)」、さらにそれが転じて「やぶさめ」と呼ばれるようになったとか。流鏑馬は、平安時代末期頃には神事としての性質も持つようになり、「天下泰平・万民息災・五穀豊穣」等を祈る神事として、宮中や神前に奉納されるようになった。

富士山本宮浅間大社で最初に流鏑馬が奉納されたのは、1193年(建久4年)のこと。富士の裾野で源頼朝が巻狩を行った際、流鏑馬を奉納し「武運長久・天下太平」を祈願したのがそのはじめとされている。
実に800余年の伝統を持つ神事だ。

流鏑馬の行われる馬場

日本一高い所にある神社

富士山本宮浅間大社の本殿はJR富士宮駅から徒歩で10分の場所にあるが、奥宮があるのは富士山の山頂。日本で一番高い所にある社だ。富士宮口側から登り、富士山山頂にたどり着いたすぐ目の前にある。主祭神は本社と同じく浅間大神、木花之佐久夜毘売命。富士山の登山シーズン中には神職が詰め、登拝者の安全を祈念するほか、家内安全等の諸祈願、お札・お守りの授与、金剛杖・行衣等の御朱印の授与も行う。結婚式も執り行っており、日本最高所で式を挙げるカップルも年間三組ほどいるという。ちなみに、式の手続きは富士山本宮浅間大社に3ヶ月前までに申し込みをするだけ。かかる費用は初穂料として納める5万円のみ、あとは各自の気持ちでということ。

富士山山頂にある「富士山頂上浅間大社奥宮」

湧玉池

湧玉池

境内(本殿の脇)にある湧玉池(わくたまいけ)は富士山の伏流水が湧き出たもの。温度は年間を通して約13度。毎日約20万tの水が一年中ほぼ増減無く湧出している。古来より、富士山に入る修験者が身を清めたところで、富士講の信者達もこの池で身を清め、富士山に登ったという。現在も富士の山開きの際には、ふんどしや白装束の姿をした男女が池に入り禊神事を行う。国の特別天然記念物。

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富士山御神火祭り

毎年8月の第1土曜日に行われる。富士山に見立てた、薪をくべて火を燃やした「御神火神輿」が町の中を練り歩く。祭りのクライマックスでは、湧玉池から流れ出る神田川に神輿を担いだまま腰まで入り、川の中を進んでいく。


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