都井岬

都井岬の野生馬「御崎馬」

野生の馬に会いに行く

九州は宮崎県の南部、日向灘の下に太平洋に突き出した岬がある。都井岬だ。冬でも穏やかな気候で、ソテツが自生している。ソテツが自生する場所としてはここが最北の地。そんな都井岬に「御崎馬」と呼ばれる野生の馬が居ると聞いて行ってみた。

鹿児島県西部、日本の三大砂丘の一つでもある吹上浜で、あまりの美しい西の空に引き寄せられて松林に入り込み、砂浜にたどり着く前に遭難しかかり、一時間ほど日暮れ後の暗い林の中を彷徨いながらやっとの事で脱出したのは昨日の事。ほっと一息ついてから、車に乗り込み、都井岬を目指して走り始めて、およそ3時間ほどだろうか。岬に着いた頃には既に日付も変わっていた。

岬の入り口には、馬が岬から出るのを防ぐためのゲートが設けられていた。そのゲートを抜け、暫らく走ると広々とした駐車場のような場所に出た。ここなら駐車しても迷惑にはならないだろうと車を停め仮眠を取ることにする。動物特有の匂いが風に乗ってくるのを鼻先に感じながら、広大な松林で迷子になって疲れきっていた身体と脳はすぐに眠りに落ちた。

朝日を見ようと目覚ましを掛けていたのだが、どうやら寝過ごしてしまったらしい。目が覚めると既に外は明るくなっていた。仲良しだった同級生が転校してしまった時のような朧な喪失感を覚えながら、凝り固まった背中を伸ばそうと起き上がった瞬間、目に飛び込んできたのは、フロントガラスのすぐ目の前にいる子馬の顔だった。

都井岬

「!!」

知床でエゾシカを間近に見たり、馬に乗ったりした経験はあっても、目が覚めたら野生の馬が目の前にいる経験など初めての事。野生の馬が居ると聞いてやってきたとはいえ、あまりの予想外の遭遇に、すっかり眠気も覚め、気持ちが舞い上がる。なんというつぶらな瞳だろう。興味津々、好奇心旺盛、といった感じでこちらをのぞきこんでいる。とはいえ、やはり野生の血なのだろう。つぶらな瞳の奥には好奇心と共に警戒心と攻撃性があるのを感じる。そう、かわいいと感じると同時に、怖さというか恐怖を感じるのだ。これが野生というものなのだろう。人間は宇宙に行く科学力と技術力を後ろ盾に地球を我が物顔で歩き回っているが、生身の身体では、体力的にも、速度的にも多くの動物の足元に及ばない。それをまざまざと感じさせられる瞬間。車の中に居てさえそうなのだ。この後、岬の草原を歩き回り、直接馬達と対峙して、その生命力や肉体美に感動しながらも、本能的に背筋がぴんと伸びるだけの緊張感を味わうことになる。

都井岬には想像していたよりも沢山の馬が居た。モノの本によれば、この都井岬の馬は江戸時代に飼われていた農耕馬や軍馬が時代の変遷と共にその役割を失い、放置された結果野生化したものだということ。現在は、岬の出入り口にゲートを設けて馬たちが町の中に行かないよう管理はしているものの、直接誰かが面倒を見るというわけではなく、基本的にはほぼ野生の状態で100頭程が暮らしているという。彼らは国の天然記念物にも指定されているのだ。

飼われている馬、特に走ることを専門とする大事にされているサラブレッドに比べると、痩せこけていて毛並みも悪く、つやもなく、たてがみも絡まっている馬達。しかし、圧倒的に自由でのびのびとしている。野生ゆえの警戒心を背中に漂わせながらも、海の見える青々とした草原の中を自由に駆け回り、寝転がり、そして草を食んでいる。

本能からくる、生命体の行動の根源的ベクトル、それは生きること。そして繁殖すること。今この瞬間の存在理由と目的はいたってシンプル。命の継続と連鎖なのだ。それは身体に刷り込まれ、心に染み付き、脳に刻み込まれている。何十世代も前から、連綿と繰り返されてきた行為の結果、現在の命が在る。きっと彼らは自らの存在理由を悩むこともないし、考えることもない。身体を維持するために食べ物を食べ、種を維持するために交尾をし、疲れたら寝てしまう。その真っ直ぐさが小気味よい。ある意味、非常に魅力的なのだ。そこには命があり、肉体がある。純粋がある。本能がある。本能のままに生きることが、必ずしも生命体としての究極の幸福ではないとしても、それはある一つの理想的な姿に見えるのだ。

都井岬

猛禽類が上昇気流に乗って優雅に青空を舞い、その下では馬たちが青草を食み続ける。時折、ふっと哲学的な顔をして海を眺めた後、また黙々と草を食み続ける。気持ちよい風は身体をすり抜け、青草をさらさらと揺らす。そこには優しい幸福があった。柔らかな時間がゆるりと流れ行く中、純粋が穏やかに微笑んで天に昇っていく。涼やかな衣を纏って、それは空高く消えていった。世界が絶望に包まれても、馬達はつぶらな瞳で海を見る。昨日と今日は明日につながり、命はゆっくりと消耗していく。記憶を片隅に引っ掛けたまま、時は安らぎを求めて流れゆく。

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