おわら風の盆

おわら風の盆 越中八尾

おわら風の盆

越中富山の八尾(やつお)町は県南部に位置する人口2万人ほどの町。格子戸や土蔵造りの家が並び、町道諏訪町本通りが「日本の道百選」に選ばれるなど、町のそこかしこに、今も古き良き時代の面影が点在する美しい町だ。その八尾で毎年9月の1日から3日にかけて行われるのが、「おわら風の盆」。開催期間中に町内の各所で、哀切に満ちた調べに乗り、優美で艶やかな踊りが披露される。笠を目深に被り、無言で踊る踊り手たち。その幻想的なまでに美しい光景は、内外の人を惹きつけ、「日本で一番美しい祭り」と評する人もいる祭りである。

八尾

「日本の道百選」八尾諏訪町本通り

八尾へ

大日ヶ岳大日ヶ岳を赤く照らす夕日に背を押されながら、東海北陸道を北上し、北陸自動車道富山西インターで下道に降りる頃には、とっぷりと日も暮れていた。ここまで来れば目指す八尾の町ももうすぐだ。薄暗くてよくは見えないが、あたりには田んぼが広がっているのだろう、穏やかでのんびりとした空気が漂っている中、カーナビの指示通りに進んでいく。思っていたほど道は混んではいない。それでも徐々に目に付くようになる臨時駐車場の看板や通行止めのお知らせが、目的地が次第に近づきつつある事を物語っていた。

交通規制でもはや、カーナビが役に立たなくなったところで、今度は看板の指示通りに進んでいく。角を幾つか回り、臨時の駐車場に車を止めた。おわら風の盆の開催期間中は、町の外(風の盆が開催される旧町の外)に設けられた臨時の駐車場と、町の中心部近くに設けられた乗降所をシャトルバスが結んでいる。(町の中心部へと続く通りは、時間によって規制が変わり、明るいうちに案内板をよく確認せずに、町中心部へと入り込んだ車が、規制が始まって動けずに立ち往生することも毎年の様に起こるという。規制が解除される夜中まで、旧町から外に出られないこととなるので注意。)

車を止めて、バス乗り場に行くものの、バスは出たばかりの様子。次の便を待つのももどかしく、距離を聞くと3キロほどだというので、歩き出した。夏の終わりの、蒸し暑い中にも涼しさが潜む独特の夜の空気があたりに漲っている。通りにはあまり明かりがなく、都会に比べれば圧倒的に暗いが、それがむしろ目には心地よく、自然により近い夜の暗さの中をのんびりと歩んでいく。時折抜ける風が気持ちいい。

途中飲み物を買いながら、てくてくと暫らく歩き続け、大人しくシャトルバスに乗っていたほうがよかったかなと思い始めた頃、光が見え始め、音が聞こえてきた。橋を渡ると夜店が幾つか軒を連ね、人々が思い思いに覗き込んでいる。あまり広くはない通りには、人が溢れ、こちらへ向う人の流れと、あちらへ行く人の流れが入り乱れている。おわら風の盆は、有料の特設ステージで踊られるほかに、昔ながらの「町流し」と呼ばれる、地方(じかた=演奏者)と踊り手が、踊りながら町を練り歩くもの、さらに地方を中心に踊り手たちが輪になって踊る輪踊りがある。この人の流れはそれぞれお目当ての踊りを求め、各場所に向う途中だろうか。皆、穏やかな顔をして、リラックスした足取りでのんびりと歩いている。

そんな人波に身を任せつつ、なおも暫らく歩き続けると、遠くの方から、優雅な三味線と胡弓の音が聞こえてきた。近づくにつれ、音は大きくなり、その周りに人垣が出来ているのが目に入る。音は不思議だ。一気に世界の色を変えてしまう。どこにでもある夏祭りの夜のような光景が、ただその音が流れ込むことによって、雅な空間へと一変してしまった。

人垣を少しかきわけ、伸びをして前方を見やる。連なる観客の頭の合間に、物柔らかな所作で踊る一群が見える。その艶やかで妙なる動きが目に入った瞬間、脊髄を何かが駆け抜けた。それは一目惚れにも似た言外の衝撃。緩やかながらも身体の根源に響くショックを与えられたような気がして、思わず固まってしまった。

それはさながら美しき幻影。ゆらりゆらめく海底の、真っ暗闇の只中で、夢の様に美しい、色とりどりの原色の、揺れる魚のそのゆらめきを、意識の向こう側で眺めているような、そんな気分だ。辺りを包む音のテンポは、一分間に50~60といったところだろうか。一般的な夜祭で聞かれるような謡に比べると、非常にゆっくりとした速度に感じる。そのゆっくりとした三味線と、魂が震えるような胡弓の音は、踊り手たちがまとう着物の華やかさを引き立てつつも、哀しくも儚げな美しさを帯びて、夜の闇の中に消えていく。透明な美しさと通奏低音の様な哀切が入り混じり、揺れ動きながら、世界を染めていく。それは鼓膜を震わせ、脳幹に入り込み、細胞を共鳴させ、身体の奥底へと入っていく。豪華絢爛、派手で賑やかな美しさといったものとは対極にある、静かで穏やかで凛とした美しさ。放出されるのではなく、じわりと滲出するような麗しさ。とは言条、暗闇にひらめく原色の蝶の様なハッとする美しさも時折入り混じる。それは優しげで穏やかな絶世の美なるものからつっと滲み出る美しくも切ない情念のようなものとでもいおうか。透徹な優しさを秘めた深い深い情想。それは性も歳も超越した世界。唸るような呻くような胡弓の音。「深みのある軽やかさ」を持った歌声。苦労を重ねた人がふと見せる、沁みるような微笑をも思い起こさせる。そして、それを支える三味線の音。情感が空気を震わせて伝わっていく。意識は徐々に吸い上げられ、夜の霞に溶けてゆく。夢幻の中へと溶けてゆく。

おわら風の盆
おわら風の盆

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おわら風の盆
おわら風の盆
おわら風の盆

   
    

おわら風の盆おわら風の盆

おわら風の盆の歴史

おわら風の盆は、江戸の元禄の頃に始まったといわれる。起源を記した明瞭な文献もなく、その正確な始まりはわかっていないが、諸説ある中で有力なのは、1702年(元禄15年)三月、「町建御墨付」と呼ばれる加賀藩から下された町建ての文書が、米屋少兵衛から町の人々の手に戻ったことを祝って三日三晩踊ったのがその始まりというもの。これは八尾の町役から出た「三月十六日の例祭日を中日として三日間いかなる音曲舞踊もお咎め無しとする故、踊り祝うべし」というお触れにより、町の老若男女が、三味線、笛、胡弓、太鼓などを手に、町内を昼夜の別なく回ったというものだ。これを端緒に、孟蘭盆会(旧暦七月十五日)で踊り練りまわるようになり、それがいつしか現在のように九月に行われるようになったという。

おわら風の盆

風の盆 名の由来

おわら風の盆が行われるのは九月一日から三日間。現在の九月一日は、節分や彼岸、八十八夜などで知られる雑節の一つ「二百十日」にあたる。立春から数えて二百十日目に当たるこの日は、季節の変わり目で天候が荒れやすく、八朔(旧暦八月一日)や二百二十日とともに、農家の三大厄日とされてきた。収穫間近のたわわに実った稲が、風の被害にあわないように、風神鎮魂を願い、豊作を祈る行事として行われたことから、いつしか「風の盆」と呼ばれるようになったという。

この風を鎮める祭りとしては、おわら風の盆の他、奈良の大和神社で同じく二百十日前三日に行われる「風鎮祭」がある。

おわら とは

おわら風の盆の「おわら」の謂れも諸説ある。歌の中に差し込まれた「おおわらひ(大笑い)」という言葉が転じて、「おわら」となったというもの、踊って歌い町を練りまわるその楽しさゆえに笑顔が絶えず、「大笑い」で「おわら」となったというもの、小原村の娘が歌い始めたから「小原村」で「おわら」、さらには豊作を祈願した「大藁」など。

おわら風の盆
おわら風の盆おわら風の盆

おわら風の盆の楽しみ方

期間中のべ20万人もの人手で溢れる八尾の町。交通規制もあり、臨時駐車場の場所など、あらかじめ必要な情報を入手しておかないと、余計なストレスがたまることに。せっかく出かけたのに・・・という結果にならないよう、ここでは、おわら風の盆を楽しむための幾つかのポイントをあげてみよう。

おわら風の盆 開催場所

おわら風の盆は、旧町とよばれる「東新町、西新町、諏訪町、鏡町、上新町、東町、西町、今町、下新町、天満町」とこれら旧町から移り住んだ人々からなる「福町」の計11の町で行われる。有料の八尾小学校グラウンドおわら演舞場、曳山展示場、及び八尾駅前特設ステージのほか、これら各町で、それぞれ独自に町流し、輪踊りが行われる。それぞれ、所作や歌い方、浴衣の柄など町の特徴があるので、予定を立てて、各町を巡ってみるのも楽しい。なお、高価な浴衣や楽器類が濡れてしまうため、雨の場合は町流しや輪踊りは中止される。

開催場所へのアクセス

車で

八尾に車で訪れる場合、ホテルや旅館等に駐車スペースの確保予定があるケースを除き、富山市八尾スポーツアリーナ駐車場か富山市八尾ゆめの森テニスコート駐車場を利用することになる。駐車料金(協力金)1台1,000円(マイクロバス10,000円)で、駐車場から会場付近まで無料のシャトルバスが運行している。

(シャトルバス運行:
(行き)9月1日・2日は午後3:00~午後9:00まで、9月3日は午後5:00~午後9:00まで
(帰り)9月1日・2日・3日、午後11:00で運行終了。)

富山市八尾スポーツアリーナ駐車場、富山市八尾ゆめの森テニスコート駐車場とも会場から決して近いというわけではないが、歩きなれている人なら、歩けない距離ではない。町の雰囲気、風の盆の雰囲気をほのかに感じつつ、会場である旧町へ歩くのも一計。ちなみに、交通規制は、九月一日・二日は午後3:00~翌日午前1:00まで敷かれる。三日は午後6:00~翌日午前1:00まで。それぞれ、状況によっては、延長することもある。規制前に、旧町内に入ると規制解除まで出られなくなるので充分注意したい。

列車で

駐車場や道路の混雑を理由に、列車を使って八尾を訪れる人も少なくない。特に、毎年風の盆に来る「通」とも呼ばれるような人々は夕方から夜にかけて、やってきて、翌朝の始発列車で帰るという。これならば、渋滞の苛々もなく、車の心配をせずにゆったりのんびりとしたスケジュールで、風の盆を心行くまで楽しむ事が出来る。

観覧の仕方

時間ごとに区切られて、各町の踊り手と地方が、町内を歌い踊りながら流す「町流し」。一箇所に居続けるのもよいが、スケジュールを確認して、散歩を楽しみながら、お目当ての町の踊りを見に行くのも楽しい。道の混雑具合によりスケジュールが変わることもあるので、覚えておきたい。輪踊りは飛び込みで参加できる場合もあるので、状況を見ながら、参加してみよう。その際には、担当者の指示に従って。代表的な輪踊り会場としては、福島駅前通、上新町などがある。

ローソンで予め購入できる有料の観覧席券は、売れ残りがある場合に限り、当日、演舞場の設置される八尾小学校の券売所にて販売される。

踊り手と地方、そして周囲の空気が一体になって初めて、時に官能的なまでに美しいおわら風の盆の世界が出来上がる。過度なフラッシュ撮影や、雰囲気を壊す大声は控え、穏やかに心ゆくまで堪能したいもの。また、公式には最終日の23時までとなっているが、実際には名残を惜しむかのように、明け方まで踊り手と地方の嫋やかな掛け合いは続く。その頃になると、観光客も随分と退けて、心意気の在る本当におわら風の盆を好きな人たちが残る形となる。この夜中の町流しこそが、おわら風の盆の真髄ともいえるかもしれない。気持ちと体力とスケジュールに余裕があるなら、忙しい心を休めて、幽玄な雰囲気に浸りたい。

前夜祭

本祭前の8月20日から30日まで前夜祭が行なわれる。八尾曳山展示館『観光会館』ホールにて、前夜祭「おわらステージ」が行われるほか、20:00から22:00(雨天中止)にかけて、毎晩、町内の一つが持ち回りで輪踊りや町流しなどを行う。

本祭

本祭は、9月1日、2日、3日の三日間。(雨天中止)。各町内(11支部)が決めたコースでの輪踊り・町流しがある。9月1日/2日は午後3:00~午後11:00まで(但し、午後5:00~午後7:00は夕食・休憩のため休み。)、9月3日は午後7:00~午後11:00(午後7:00以前は一切踊りはなし。)。フラッシュ撮影を禁止としている町内もあるので、注意。

食事

普段は、のんびりとした静かな町八尾。食事が出来る場所は30軒ほどで、おわら風の盆の期間中、特に夕方の食事時は大変混雑する。早めに食事をするなり、お弁当を持っていくなりするといいだろう。勿論、屋台のハシゴも楽しい。演舞場付近の八尾社会体育館が、無料休憩所として一般に開放されている。(1,2日は12:00~23:00まで、3日の日は15:00~23:00まで)

お手洗い・案内所

演舞場、JR越中八尾駅前、曳山展示館、バスの乗降所など、主な場所に設置されている。人も多く、当然お手洗い等も混んでいるので、余裕を持って動きたい。

宿泊

八尾には、数えるほどの宿泊施設しかなく、そのいずれも随分前から予約で埋まってしまう。八尾で確保できない場合には、富山市内に宿をとるのがよいだろう。

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夢の中にいるような、時は静かに過ぎゆく。情念と理性は絡み合いながら、闇に吸い込まれ、雅な美しさとなった残影の和毛のような吐息は空高く静かに昇っていく。そこには、究極の官能と美が在る。穏やかな慈愛と静謐で高貴なる生命本能がある。迸る透明な焔。情動は柔和に蠢く。光輝は淡い香りとなって、優しく町を包み込んでいく。美しき日本の祭り「おわら風の盆」。八尾の夜は静かに更けゆく。

おわら風の盆

夢か現か幻か

たゆたうように
漂うように
流れるように
揺れる世に

かそけき光
謡(うたい)の音(ね)
衣擦れの触り
浮遊の寧(ねい)

洵に妙なるささやきは
川面を渡る風にのり
煌めきながら濡れながら
雅な千波を作り出す

繊細は優美を纏い
勇壮は粋に弾けた

幽玄なる溜息は
星と月見て瞬きをする
それはさながら幻想小夜曲

確かにそこに居たものを

そは現身(うつしみ)か幻か
まこと密やかな眩惑か

光の筋かきらめきか

時の狭間に落ちてゆく

ゆらりゆらめく現(うつつ)の世
けわいさざめく光の夜

夢はひっそり息をして
振鈴(しんれい)清か(さやか)に夜は更ける

時は透き通り 闇光り
淡き想いは目を瞑り

浅き眠りに手を繋ぎ
虚空はゆるり傾きて

それは流れかかりそめか
夢幻の縁のときめきか
越中八尾の心歌
誰が呼んだか風の盆

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おわら風の盆

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