北海道遺産 稚内港 北防波堤ドーム
戦前、北海道の最北・稚内から樺太まで定期船が出ていたことをご存じだろうか。稚泊航路と呼ばれたこの航路は、稚内から樺太の大泊(現・コルサコフ)間、167キロメートルを約8時間(1934年12月当時)で結んでいた。
日露戦争後のポーツマス条約で北緯50度以南の樺太が日本領となって以降、北海道や東北、北陸などから樺太へ移住する人が増加、最盛期には南樺太におよそ42万人もの日本人が生活していた。
稚内と樺太の間を行き来する人々が利用していたのがこの稚泊航路で、樺太に出かける人々は、列車で稚内駅に到着した後、港の桟橋まで歩き、船に乗り込んだ。また、樺太から到着した人々は桟橋から駅へと歩き列車に乗り込んだ。
その乗り換えの際に、人々を波や風雨から守るためのものとして、かつ港の防波堤としての機能も兼ね備えたものとして築かれたのが稚内港の北防波堤ドームだ。北海道庁の技師であった土谷実の設計により、1931年(昭和6年)から約5年の月日をかけて建設され、稚泊航路が無くなった今もその美しい姿をとどめている。
通常の防波堤には見られない、古代ギリシア建築のようなアーチを描いた形状は、防波堤としての機能と通路としての機能を見事に融和させたもので、直線と曲線の組み合わせが作り出す均整採れたその景観には目を奪われる。幾万人もの人々が、様々なドラマを抱えながら行きかったであろう場所。建築好きな方はもちろん、そうでない方も、稚内を訪れたら是非足を運んでみてほしい場所の一つだ。
戦前の稚内港と北防波堤ドームの様子を写した絵葉書
北防波堤ドーム
所在地:〒097-0023 北海道稚内市開運1-2-2