霊場 恐山

霊場 恐山

日本三大霊場

四国八十八ヶ所や、西国三十三所、熊野古道や出羽三山等々、日本には数多くの霊場がある。それらは元々自然崇拝、山岳信仰から始まったとも言われているが、神仏の霊験灼かな場所とされる地や高名な修験者や僧ゆかりの地、例えば山や洞窟及びその周辺一体などが「聖なる場所」であるとされ、僧や山伏、貴族や武士、一般の庶民に至るまで、様々な人々が修行や参詣をしてきたという歴史がある。その中で、比叡山高野山と並び、日本三大霊場の一つに挙げられるのが、下北半島にある恐山だ。

伝承によれば、恐山は、862年(貞観4年)、平安時代の天台宗の高僧で、平泉の中尊寺毛越寺、山形の立石寺など、東北の名だたる寺院の開山者として知られる慈覚大師円仁によって開かれた。円仁がまだ唐に留学していた時、夢で「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に至れば霊山あり。 地蔵大士(地蔵菩薩)一体を刻しその地に仏道を広めよ」というお告をうけた。すぐに帰国した円仁が苦労の末、たどり着いたのがこの恐山だったという。

恐山の名の由来

荒涼殺伐とした景観が広がり、黄泉の国との境目ともいわれる場所が「恐山」とはいかにも恐ろしげだが、恐山は江戸時代には、宇曽利山(うそりやま・うそりざん)と呼ばれていたという。この「ウソリ」とは、一帯にもともと住んでいたアイヌの人々の言葉で入江や湾を意味する「ウショロ」に由来しており、これがさらに転化して「オソレ」になったものといわれているのだ。ウソリという音は今も「宇曽利湖」の呼び名で残っている。

イタコと恐山

霊界と俗界、黄泉の国とこの世との境目であり、死者の霊魂が宿るとされる恐山は、死者や神、そして生きている人の霊を自分の体を霊媒として憑依させ、言葉を語る「イタコ」と呼ばれる人々でも有名。この「イタコの口寄せ」を聞くために、毎年開かれる恐山大祭(7月20~24日)及び恐山秋詣り(10月)ではイタコマチと呼ばれるイタコのテントにたくさんの人々が列をなす。(恐山に常駐しているわけではないので、注意。土日に来ていることもあるが、普段はそれぞれ地元で暮らしている。問合せ: むつ市役所(観光課)  0175-22-1111・むつ来さまい館 0175-33-8191 )

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コバルトブルーの水際が美しい宇曽利湖

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三途の川と太鼓橋。

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恐山冷水。1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲めば死ぬまで若返ると言われる。

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