山寺

山寺

宝珠山頂に建つ立石寺五大堂・開山堂 ・納経堂。麓は立石寺本坊。

東北の名刹「山寺」

鬱蒼と茂る木々の中、石段を上ってゆく。「一段一段踏みしめていくごとに一つずつ煩悩が消え悪縁を払うことが出来る」と言われる階段を千十五段上りきったその先に、数々の修行僧と参詣人が足を運んだ諸堂・諸院が、奇岩の上に泰然として在った。

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山寺

860年(貞観二年)、平泉の中尊寺や松島瑞巌寺、青森恐山などと同じく慈覚大師円仁によって開山されたと伝えられる。通称「山寺」。正式名称を宝珠山阿所川院立石寺(ほうじゅさん・あそかわいん・りっしゃくじ)という。天台宗のお寺である。比叡山延暦寺から分火されたという不滅の法燈が、戦国時代の戦乱による堂宇の焼失・再建後に比叡山からの再分火を経ながら、千年以上たった今も絶やされること無く燃え続ける。この法燈、比叡山延暦寺が信長によって焼き討ちにあった際には、逆にこの立石寺から分火されたという経緯もあるのだ。

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まさに奇観とも言うべき奇岩怪石が連なる立石寺。この独特の景観ゆえ、宝珠山はより聖域化された。かつては岩に開いた穴の中で僧たちは修行をしたという。岩群は凝灰岩と安山岩からなる。

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急峻な岩場、釈迦ヶ峰の頂上釈迦ヶ岩の上に建つ釈迦堂。こちらは現在も一般人の立ち入りは許されず、修行僧のみ立ち入ることの出来る修練の場だ。

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立石寺本堂(根本中堂)。ご本尊は東方浄瑠璃浄土の薬師如来。病魔や苦悩を取り除く仏様として信仰を集めている。

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舞台造りの五大堂の堂宇から、雪を抱く遠くの山並みと町が一望のもとに。

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真ん中の部分が木製の灯籠。

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玉こんにゃく

境内で売られる山形名物「玉こんにゃく」

   
         

玉こんにゃく山寺

       
         

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太陽の光を反射して煌めく立谷川。山寺の前を東西に流れゆく。

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表面に岩卒塔婆の刻まれた「弥陀洞」。長年に渡る雨風の侵食風化で出来上がった景観が阿弥陀如来を彷彿させるゆえに名づけられたものという。

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松尾芭蕉が、当初予定に無かったこの地を訪れたのは1689年のこと。かの有名な「閑さや岩にしみ入る蝉の声」はその時に詠んだものだ。

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ここから千十五段。根本中堂(本堂)、山門、仁王門等を経て、慈覚大師が修行中に所持していたと伝えられる釈迦如来と多宝如来をご本尊とする奥の院がある。

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日本三大灯籠の一つにも数えられる灯籠。

   

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嘉永元年(1848年)に再建された立石寺の建造物の中では比較的新しい「仁王門」。欅で造られている。運慶の弟子作といわれる仁王像が立つ。

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鎌倉時代建立の山門。度重なる火事をくぐりぬけ、建立当時の姿を見せるのはこの山門と根本中堂のみ。

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NHKの大晦日「除夜の鐘」で知られる鐘楼。

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どこに視点をあわせるかで、世の中は違って見える。

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慈覚大師円仁

それが前世の行い故なのか、偶然の産物なのか、努力の賜物であるのか、はたまた神仏のご加護の故なのか。何の理由によるものかはわからないが、この世の中には「飛びぬけて」素晴らしい才能や技術、人徳をもった「ずば抜けた」人が存在する。「天は二物を与えず」とか「全ての人は皆平等である」と言っても、実際には「少々優れている」「人より少し巧い」といったレベルではない、常人のレベルをはるかに凌駕するような、まさに天賦の才、超人的能力や肢体(姿態)や人間性をもった人々が居るのも事実だ。

立石寺を開山した慈覚大師円仁は794年の生まれだから1200年以上前の人物という事になる。下野国(今の栃木)に生まれ、9歳で大慈寺に入って修行を始め、15歳の時に伝教大師最澄に師事。最澄は勤勉で修行熱心なこの弟子を可愛がったという。42歳で唐に渡り、10年近く滞在した後帰国。74歳で亡くなるまで各地を布教して回った。円仁大師は多分に伝説的な人物で様々なエピソードが残っているが、精力的に東北地方を布教して周り、多くの人々の篤い信望を得た人物だと伝わっている。大師の信仰の深さと慈悲深い人柄は多くの人々に感銘を与えたのであろう、東北地方だけで実に300以上、関東地方もあわせると500以上といわれる数の寺や霊山の開基開山に関わっているという。

千年以上も前の偉業とその名が今に残る円仁。温厚円満な質であったといわれる。浄土宗の祖法然も円仁を敬愛し、亡くなる際には円仁の衣を纏っていたという話もある。確かに、人間性や人柄、人徳というものは多分に主観的なもので、人それぞれ感じ方や判断が違うもの。ましてや、それが千年以上も前の人であるならば、時代を経るごとにいわゆる「創作」「誇張」がどうしても混じってしまうだろうし、伝承をそのまま全て信じることは出来ないかもしれない。それでも、千年後の世までその名と業績、人柄、人徳が伝わるというのはやはりそれなりの意味があるような気がするのだ。

  

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人は色々な環境で生まれ、生き、そして去っていく。それぞれの思いを胸に歩いていく。時には疲れ、時には惑う。後ろを向きたくなったり、立ち止まってしまうこともある。後で思えば大したことの無い問題も、その時その瞬間にはどうしたらよいか判らないことも多々あるだろう。しかし、そんな時こそが、偉大なる先人達の教えを紐解き、前に進む為の指針にすべき時なのかもしれない。人が敬虔な心と謙虚な気持ちを持った時、道は自ずと開いていくに違いない。

日常にふと惑ったら、偉大なる慈覚大師の教えの片鱗を感じに山寺に出かけてみるのはいかがだろう。問題は瞬時に霧散しなくとも、きっと「何か」が少し変わるだろう。そして、「何か」が少し変わったとき、世界も少し変わるだろう。探しているものは、実はすぐ隣にあるのかも知れないのだ。

山寺
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松尾芭蕉ゆかりの地であり、今も多くの人々が修行にはげむ修行の地でもある立石寺。山頂と山麓に数多くの堂宇が点在する。冬場の積雪の際も階段は除雪されるが、大雪の場合には間に合わない事もある。長靴などの装備があると便利だ。

立石寺

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