日本各地の山

国土の80%が山地である日本は、まさに山国と呼ぶにふさわしい。標高3000メートルを越える山が21座あり、2000メートル以上の山は640以上、1000メートル以上ともなると有名無名(地図に載っていない地元の人が「~沢の頭」と呼ぶようなピーク)をあわせるとそれこそ無数にある。日本の陸地全体を平均すると平均標高は394メートルというから高さのみでは世界の平均標高に及ばないが、やはり国土の八割が山地というのは、改めて考えてみると驚くものがある。
とはいえ、普段から飛行機やヘリコプターなどで下界を見おろす機会を持っている人でもない限り、山国であることに対してそれほどの実感は湧かないだろう。都市部にいれば周りを山で囲まれていない限り、日常的にあまり山を意識することも無い。下図は本州中央部の地図だが、これを見ると多少イメージが湧くのではないだろうか。(地図をグリップで移動可、+-で拡大縮小)。地図を見ると、東京名古屋大阪などの大都市を中心とした周辺地域の平野部や盆地が幾つか目に付く以外は、大方が山地や山脈である。
山々に降り注いだ雨や雪はやがて地面へ浸み込み地下水や湧き水となり、川になり、池や湖に姿を変えながら、様々な生物を潤す。人々はそれらの動植物を収穫し、衣や住処を作り、煮炊きをしてきた。山は人々と共にあり、人々の生活は山と共にあった。「四季」の明瞭な気候と共に、この山がちな地形こそが、食生活や文化、風習、宗教、思想、工芸、芸術等に多大なる影響を与えてきたのである。
山はその成因や形成過程によっていくつかの種類に分けられることをご存知だろうか。大陸プレート移動に伴う褶曲や隆起、断層運動、火山噴火活動、堆積、浸食などによって山は形成される。いずれにしても想像を絶するような莫大なエネルギーと質量が関係していることには違いないが、それぞれの成立の仕方でその山容を著しく変えるのである。また気候も山容に大きく影響する。風雨雷雪により、削られ剥がされ崩落し、次第にその姿を変えていく。また火山のように形成後もさらに度々噴火するものも少なくなく、山容に大きな影響を与える。有名なところでは富士山の宝永火口。噴火の後にぱっくり開いた火口に驚く人々の様子が広重の絵からも想像できる。
火山大国日本には世界の約10%の火山があるという。太平洋をぐるりと取り囲む環太平洋火山帯に日本全土はすっぽりと覆われているのだ。この火山(帯)のお陰で、「温泉」という素晴らしい副産物を享受できるのだが、やはり、火山が噴火した時の被害が甚大なものであるというのもまた事実。一万年以内に噴火した(もしくは噴火した痕跡がある)火山を「活火山」と呼ぶが、日本全国に実に108の活火山があるという。煩悩の数と同じというのは不思議な偶然だが、安永大噴火では江戸でも降灰があったと伝えられいまでも小さな噴火を繰り返している桜島や浅間山、三宅島や雲仙岳の噴火などは有名だろう。
火山はその活動状況によって、最も活動的な火山AランクからCランクの三つのランクに分けられている。北方領土や海底火山など資料の不足しているものはランク外。
十勝岳,樽前山,有珠山,北海道駒ケ岳,浅間山,伊豆大島,三宅島,伊豆鳥島,阿蘇山,雲仙岳,桜島,薩摩硫黄島,諏訪之瀬島
知床硫黄山,羅臼岳,摩周,雌阿寒岳,恵山,渡島大島,岩木山,十和田,秋田焼山,岩手山,秋田駒ヶ岳,鳥海山,栗駒山,蔵王山,吾妻山,安達太良山,磐梯山,那須岳,榛名山,草津白根山,新潟焼山,焼岳,御嶽山,富士山,箱根山,伊豆東部火山群,新島,神津島,西之島,硫黄島,鶴見岳・伽藍岳,九重山,霧島山,口永良部島,中之島,硫黄鳥島
アトサヌプリ,丸山,大雪山,利尻山,恵庭岳,倶多楽,羊蹄山,ニセコ,恐山,八甲田山,八幡平,鳴子,肘折,沼沢,燧ヶ岳,高原山,日光白根山,赤城山,横岳,妙高山,弥陀ヶ原,アカンダナ山,乗鞍岳,白山,利島,御蔵島,八丈島,青ヶ島,三瓶山,阿武火山群,由布岳,福江火山群,米丸・住吉池,池田・山川,開聞岳,口之島
ベヨネース列岩,須美寿島,孀婦岩,海形海山,海徳海山,噴火浅根,北福徳堆,福徳岡ノ場,南日吉海山,日光海山,若尊,西表島北北東海底火山,茂世路岳,散布山,指臼岳,小田萌山,択捉焼山,択捉阿登佐岳,ベルタルベ山,ルルイ岳,爺爺岳,羅臼山,泊山
山登りの醍醐味の一つは登攀中や登頂後に頂上から眺める風景ではないだろうか。特に数十キロの荷物を担ぎ何時間も険しい山道を歩きとおした後に眺める雲海の中に浮かぶ峰々や下界の景色は格別だ。雄大な頂上からの景色を眺めながらビールを飲んだり一服するためにこそ山に登っていると言い切る人も少なくない。疲れや悩みやしがらみが一瞬で吹き飛んでしまうほどの爽快さと感動を与えてくれる。勿論頂上からの眺めが必ずしもよい時ばかりとは限らない。それでも登りや下りの最中や休憩時、ふとした時に目に入る草花や木々。そして目線をずらせば近くの峰々や眼下や眼前に広がる、普段の生活の中であまり目にすることの出来ない美しくて広大なる景色に心と身体は澄み切ってゆく。
天候が悪くてもそれなりの美しさを垣間見せてくれるのが、山の風景。吹雪や激しい雨風ではさすがに視界も遮られてしまうが、霧や雨、降雪や時には遠雷など、自然の力強さと、激しさの裏にある凛とした美しさを感じることが出来る。
また晴天時の日没後の美しさも特筆モノ。グラディエーションを描きながら明るい紫色から青色、濃い紺色そして黒色へと変化していく空。暗さが増すごとに、その存在感を際立たせる星達。運がよければ流れ星も見える。また都市部に近い山では、方角によっては夜景を見られることも。テントや山小屋から外に出ると、始めは暗闇に包まれている外の世界は目が慣れてくると木々のシルエットが美しいことに気付く。遠くで聞こえる何かの鳴き声。山中で夜を明かす一抹の心細さと透明な美しさは穏やかに交じり合ってゆく。
山は古の昔からしばしば信仰の対象になってきた。どっしりとした見た目や、雄々しさ、猛々しさ、険峻な峰々、切り立った崖。人はおろか動物でさえも寄せ付けないような地形や積雪など、時には一切の接近を拒むかのような山は、人々に畏怖され愛され崇敬されてきたのだろう。そのような山には神が棲むといわれ、麓の集落の命運を司るとされたりもしてきた。山の神は春になると降りて来て、田の神となり、稲作を守りそして秋になると山に帰るとされる民間信仰もある。そのような場所では、田植えの時期に山にお供えをし、柏手を打って五穀豊穣を祈願する姿を見かける。
このような山には、全国に9000社あまりある白山神社の大元である「白山」を始めとして、岩木山、三輪山、石鎚山などがある。山そのものがご神体とされていて神域とされている箇所も多い。特に三輪山は「禁足地」として神聖な山域は立ち入り不可とされる。また「月山」「羽黒山」「湯殿山」の出羽三山や熊野大峰山、九州の彦山など、古くから山伏(修験者)の山岳信仰の対象としての山も数多くあり、そのような山には修験者が実際に入山することによって、祈願や奉納をする。現在でも山道や山門で修験者の装いをした人々を目にすることが出来る。
そのほか火口やその周辺の、火山ガスなどが噴煙をあげ、溶岩が冷えて固まったもの特有のごつごつとした岩が積み重なり、地中から沸騰した泡があがるような凄惨なその様子から、立山、恐山、雲仙、阿蘇などの山域の特定の箇所は「~地獄」や「賽の河原」と名づけられ、地獄絵図をこの世に現出したものとして、これまた畏怖畏敬の念と共に人々の信仰の対象となっている。
遙か縄文の時代、日本の山間部に住み着いた人々は野山を巡って狩りをし、また山菜やキノコ、果物といった山の恵みを得て暮らしていた。山で獲れる食料の主なものは、鹿、熊、ウサギ、鳥、イノシシ等の鳥獣類、ナメタケ、平茸、シイタケ、マツタケ、シメジといったキノコ類、あけび、椎、胡桃、栃といった木の実類、野蒜、カンゾウ、ゼンマイ、ワラビといった山菜類及び蜂蜜や昆虫類など。地域差もあるが、それら山の恵みと山間部を流れる川から獲れる幸で人々は暮らしていた。まさに山と共に暮らしてきたのである。相手は大自然、大収穫の時もあれば、全く獲れない時もあったに違いない。それは厳しい生活でもあったろう。それでも「生きるために生きる」という生命体にとってはごく自然な生活を営んでいた人々は或る意味とても充実充足していたのではないだろうか。
そのような生活は沿岸部に住み着いた人々にとってもほぼ同様であった。なぜなら、台地や平野部を除く日本の多くの海岸地域では海のすぐ近くまで山が迫っていることも少なくないからだ。魚介類を獲りつつも、すぐ近くにまで迫る山に分け入り、山の幸を収穫して暮らしていたであろう事は想像に難くない。そんなライフスタイルは、まさに日本が山国であるからこそ出てきたものだろう。見渡す限りの大平野や草原の存在など知らない多くの人々は、やがて平野部に定住し、稲作を始めるようになるまで、そうして暮らしていた。生まれ育った地の山を駆け、生活をしていた。この山がちの国土で、自然に感謝し、山そのものや木々に神を見出し、山や自然を「支配」するのではなく、共に生きてきたのである。
弥生期に入り、定住する人々が現れても、山間部やそれに準ずる場所に住み続けた人も少なくなかった。また山地を切り拓いて作られた田畑のそばには常に山があった。段々畑のように、山そのものを耕作地にもした。それは何百年の時を経て、今に至るまで連綿と続いている生活だ。山すその田んぼ。山中にある畑。暮らしの中に山がごく自然にある生活を営む人々。
交通の発達した現代においても未だ「秘境」と呼ばれるような場所が日本には多くある。それらの多くは深山幽谷の中にあり、よくぞこんなところに、と驚くことも少なくないようなそんな地でも人々は暮らしている。
都市部から山間部に行って(もしくは山間部に戻って)、ほっとしたような経験を多くの方がお持ちなのではないだろうか。外部の人間が「山間部の生活」に抱く、「不便さ」や「寂寥感」はあくまで外部の憶測に過ぎず(もちろん実際に多少の不便さはあっても)、大都会の生活の中で人々が「便利さ」と引き換えに失っている「大事なもの」が、そこにはある。大都会では決して得ることの出来ない素晴らしい「何か」がそこにはあるのだ。例えばそれは澄んだ空気や美味しい水や心地よい風。例えばそれは平和で穏やかな時間。それらは、本来自然の一部である筈の人間が、自然の中に暮らしてこそ初めて感じる(思い出す)ことの出来る「心と身体の整い」なのかもしれない。いわば生命体としてのバランスである。そして、それは、時に厳しい大自然の中の生活でこそ得られる本当の「優しさ」なのではないだろうか。
深田久弥が随筆「日本百名山」で日本各地の山から百山を選び広く紹介したのは1964年の事。これをバイブルとして日本の山歩きをする人々も多く、百名山に掲載されている山全てに登頂することを目的としている人も少なくない。海外から日本を訪れる山好きの外国人の中にもこの本を日本での登山の指針にする人もいて、まさに日本を代表する山の本といえよう。
ここでは、そんな「日本百名山」に紹介されているものも含めて、日本の主な山を挙げる。(複数の県に跨る山はそれぞれの地域に再掲。)登ったことのある山はいくつあるだろうか。
▲ = 火山 ・ 百名山 = 「日本百名山」に掲載されている山