八甲田山

八甲田山

青銀色の世界へ

透明は純白から青へと抜けてゆく。氷点下、ガラスのような風が頬をなでる。指先が眠ってゆくほどに、頭は益々冴え渡り、視界は時折抜ける雪を伴った暴風で遮られても、心眼はその遥か向こうを見霽かす。一瞬姿を見せた稜線はすぐに厚い雲に覆われてしまう。氷の粒が飛んでゆく。涸れた異想は削れて飛んでゆく。俄かな脆弱が胸を圧迫しても、がちがちに凍りついた髪の毛のように緩やかに純潔を増してゆく。遠くに聞こえたような気がした懐かしい声も、風と共に消えた。あと少し、ほんの少しだとしても、限界の一歩先には行かれない。それは畢竟神の領域。無辜の現実。意識は少しずつ薄れゆき、身体は雪に吹かれ中空へとむかい始める。数メートル。きっと、あと、ほんの数メートル先だったのだ。氷の女神に愛された脈動は結晶と共に空に舞い上がっていった。純粋無垢のまま、迸る想念と共に。とても柔らかな心を胸に。

冬の八甲田山の魅力をフルスクリーンで見る

八甲田山
八甲田山

たとえ麓は雲ひとつない晴天でもその山には風が吹き荒れる。雲がかかり雪が横殴りに降りつける。青というよりもインディゴブルーに近い色をした空と、限りなく透明で純度の高い美しさを垣間見せたその直後には立っていられぬほどの暴風が吹き荒れることも珍しくない。その強風によって吹き付けられる雪が木に張り付いて、まるで何かの生き物のような形状を作り上げる。どこかの星の、年中吹き付ける暴風にじっと耐えながら微塵も動かず生き続ける生命体のように、その雪のモンスターは春になるまで、そこに立ち続ける。何も言わずに固まった命を次の時間へとつなげていくのだ。

八甲田山
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八甲田山

なぜ美しさはある種の切なさを孕んでいるのだろうか。それが美しければ美しいほど、同時に切なさと深い憂いと時に哀しみをさえ帯びている。あたりの空気は透明で、何千メートル上空まで、その美しさを遮るものがないとしても、そこには何か別種の感情が付きまとう。感情というよりも観念といったほうがいいかもしれない。一瞬一瞬の変化の刹那は切りとることが出来ても、それは決して永遠になり得ないと眼前に突きつけられるからかもしれない。美しさはいつか消え行くことを、美しさのその絶頂で、厳然たる確かさで明示されるからかも知れない。物事の無常と、遊離する日常。指の隙間から水はこぼれゆき、雪の結晶は手のひらに留まらない。

八甲田山

   

何かを失った者だけが、失った物の本当の意味を知る。想像はただ片手間で、現実は転瞬変わり行く。幻像は急転直下。恒道はそこにはあろうとも感情は固まってしまう。瞬きを忘れても幻想は逃げはしない。透明の中の透明は、輝きながら消えてゆく。白よりもなお白く、青よりもなお青く。吐き出される息が凍っても、面影は残りゆく。雪の中の足跡は、やがて見えなくなっても。

八甲田山
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八甲田山
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普段なら通うはずの道もその季節には通わない。普段なら通う熱も、きっとその季節には通わない。雪の香りはさらさらとそのささやきさえ聞こえくる。

八甲田山
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八甲田山は青森県青森市の南側に聳える山だ。実際には、八甲田山という名の独立峰はなく、標高1584mの大岳を筆頭に、田茂萢岳(たもやちだけ)、前岳、赤倉岳、井戸岳、硫黄岳などの山々の総称。周辺には湿地も多く、多種多様な植物を観察できるので、春から秋にかけては多くの人々がハイキングを楽しむ。咲き乱れる可憐な花々、そして秋の全山紅葉。八甲田山の自然と景観に魅せられて何度も足を運ぶ人も少なくない。

夏の八甲田山

夏の八甲田山

しかし、そんな八甲田山も冬になると様相は一変する。5メートルとも10メートルともいわれる雪が降り積もり、景色は青みがかった白銀の世界に。道もそこかしこが閉ざされ、雪国ならではの、美しさと静けさと緊張感の入り混じった独特の雰囲気に包まれる。そんな雪の八甲田山に惹かれる人もまた少なくない。バックカントリーの名所としても名高く、春先にかけて上質でふかふかの雪とダイナミックな滑りが楽しめる山スキーは人気だ。木々に雪が降り積もってはりつき、まるで人のような姿に為る「スノーモンスター」も見逃せない。

八甲田山

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