タウシュベツ橋梁

タウシュベツ橋梁

冬のタウシュベツ橋梁

幻の橋

気温マイナス17度。青みがかった白銀色の静寂が支配する世界。雲間から顔を覗かせていた太陽はいつのまにか大雪(たいせつ)の山並みの向こうへ隠れ、空はためらいもなく深い青へとその色を変えていく。落暉の残光。薄紅色の雲。大地の瞬きは天空へと抜けていく。それは、散りゆく命を惜しみながら最後の閃光を放出する線香花火のように、西の空をひと時輝かせた。目的地はもう少し。永遠にも思えたループがようやく終わる。

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タウシュベツ橋梁
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林道の入り口には車止めの柵があり、鍵がかかっていた。糠平湖沿いの林道は未舗装の細い道。接触事故などが頻発し、それを防止するための「一般車両進入禁止」の措置だという。仮にその柵がなくても、真冬に一般車両が進入することは難しい。豊かで容赦ない積雪ゆえである。畢竟、歩くこととなる。一歩一歩雪を踏みしめて。

道はゆるやかに右へ左へカーブを描き、ひとしきりアップダウンを繰り返した後、歩き始めてから30分程だろうか、斜め方向に送電線が交差する開けた空き地をつき抜けた。その後は平らなままにひたすら木々の間をまっすぐ伸びて続いていく。それはどこか、フィンランドの森の道に似ている。「ざっざっ」という雪を踏む音と風が抜けていく音以外何も聞こえない。命は息を潜め、どこかでただじっとしている。景色に変化はない。「もう、そろそろだろう。」という希望的推測と能天気な楽観は、手の平に舞い落ちる淡く儚き雪の結晶の様に、はらはらと風に舞って消えていく。日が落ちる。暗闇の不安。突如烏の大群が空を埋める。冷たい懸念が、心にひたひた忍び寄る。

タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

時に膝上まで雪に埋もれながら、逡巡とラッセルを繰り返すこと一時間余。通常なら今の季節に出会うことはないと頭では判っていても、昨今の温暖化、餌となるエゾシカも増え、一月になっても冬眠しない個体も目撃されるヒグマの出現をどこか遠くおぼろげに感じながら、黙々と歩き続けた林道が大きく左にカーブを描き、傍らにようやくそれらしい看板が見えてきた。ぴりりとした緊張感が刺すような寒さに紛れて、背中の後ろ辺りに冷たく入り込んだままなのを感じながらも、林道を外れ、木々が途切れている方へと真っ直ぐに進んでいく。深雪を掻き分け進んだことがある者のみが経験する暑さと寒さが奇妙に同居した状態。上半身の暑さと、足の指先の冷たさが、不快と心地よさの境界線を行き来する。それは、朧な命へのささやかな警鐘が、転じて脳内でアドレナリンを出すゆえだろうか。苦しさの中に、一抹の幸福感と高揚感がある状態。その高揚感は、湖が近づくにつれさらに高まっていく。

そして、目の前が一気に開けたその刹那、高揚は絶頂へと達した。

密やかに、しかし圧倒的な存在感で、それはそこに佇んでいた。なんという美しい光景。なんという純粋さ。一切の邪念を排除した透明なる陶酔的幸福感が全身に満ちていく。不安と疲労と躊躇の飽和が霧散した瞬間。

タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

旧国鉄士幌線アーチ橋「タウシュベツ橋梁」

かつて、士幌線と呼ばれる路線があった。1939年開通。帯広から、広大な平野を抜け、山あいを走り、北海道内の駅としては最高地点の十勝三股までを結ぶ78.3kmの路線である。主に穀物などの輸送や切り出された木材の搬出などに利用されていた。最大25%という勾配と川が多い地形のため、特に上士幌から十勝三股間の工事は難航したという。そんな上士幌から十勝三股間には数多くの橋が架けられた。その数実に37。

それらの橋の中でも一際美しい姿を誇っていたのが、音更川の支流であるタウシュベツ川に架けられたタウシュベツ橋梁だ。雄大な大雪山の自然の中を走る鉄道の橋。1934年に、大雪山一体が国立公園に指定されたこともあり、建設要綱には「天然美ト人工美ノ快調ヲ計ツ」と記されていた。美しい自然景観を損ねないように、という配慮の元にデザインされ建設された橋であったのだ。

ところが、橋の完成からわずか16年。秀麗なタウシュベツ橋は、水没の憂き目に遭うこととなる。1955年、発電用の人造ダム湖として糠平湖が作られた為だ。(1960年代に国道が通るまで、)上士幌以北は鉄道以外交通手段のない「陸の孤島」であった為、鉄道路線自体は残されたのだが、タウシュベツ橋は、橋上の線路が撤去され、橋脚はそのまま湖に沈むこととなった。しかし、ダム湖である糠平湖の水位は季節により大きく(最大30メートル)変化する。爾来、タウシュベツ橋は水の中に沈んだり、湖の水位が下がるとその姿を現したりするという「幻の橋」となったのだ。

タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

大自然の中に、突如ローマ時代の廃墟が現出したような、美しくも不思議な光景。むき出しになった鉄筋の丸鋼が、橋が作られた時代とその後の年月の経過を示している。現在、橋はいつ崩壊してもおかしくない状態にあるといい、安全上の理由から橋を渡ることは禁止されている。

タウシュベツ橋梁

静寂を切り裂いて、突然「ギギギ」と低く唸るように氷のきしむ音がなる。湖の水位の変化か氷の体積の変化か、それはお腹の底に響くような音で冷え切った空気を揺らすのだ。

タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

所々に見える割れた氷は、厚さ20センチ以上。凍結した状態で湖の水位が下がることにより、湖底に残されていた切り株のある場所で氷が盛り上がる。

   

タウシュベツ橋梁

   

タウシュベツ橋梁

凍ったり水位が下がったりの繰り返しにさらされて、橋脚には氷が突き刺さっている。

   

タウシュベツ橋梁

   
   

タウシュベツ橋梁タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

対岸にある展望台から見たタウシュベツ橋梁

タウシュベツ橋梁タウシュベツ橋梁タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

もはや渡られることのない橋は、風雨に朽ち果てていく動物の骨の様に、白くごつごつとした姿で横たわりながら、それでもある透明な美しさを保ちつつ、時の流れと共に徐々に徐々に消えていく。それはまるで、生あるものは必ず死に、形あるものは必ず壊れるというこの世の真理を、ある絶対的な形状でもって私達に示しているようにも見える。ダム湖である糠平湖の完成に伴い湖底に沈んだ、かつて地面であった場所の声無き叫びを代弁しているかのように、時折「ひゅおごう」っと風が吹き抜ける。時の流れの恒常的残酷さと美しさと無謬の慈悲は、青色から透明へと変わり、ゆるり純粋へと昇華していく。美しきものが持つ、あえかな哀愁と切なさと儚さは、薄紅色の風に乗っていく。刺すような寒さの中、吐き出された白い息は、青めく空へと上り、そして消えていった。

タウシュベツ橋梁
タウシュベツ橋梁

タウシュベツ橋梁見学

糠平湖の水位の変化によって、見え方の変わるタウシュベツ橋梁。例年、湖の凍る12月頃より姿を現し始め、5月くらいまでその姿を見ることが出来る。発電の為に糠平湖の水が抜かれるので、時には湖底が見え、橋脚の基礎が見えることも。雪解け水の流入などで水かさの増す6月頃から水の中に沈み始め、台風などの影響により糠平湖の水位がさらにあがる9月~10月頃までには、時折部分を見せながらも橋はほぼ水没する。とはいえ夏場でも渇水時には姿を見せたりすることもあり、まさに「幻の橋」といえるだろう。

冬は十分な装備(防寒対策及びスノーシュー、ワカンなどの深雪対策)の上、経験者や地元ガイドと一緒に行くのが望ましい。一帯はひぐま出没地帯(特に早朝は熊との遭遇率が高い。)なので、春から秋にかけては、熊除けの鈴やラジオなど音の出るものを携行の上、十分な注意を払ってお出かけを。

夏のタウシュベツ橋梁

夏のタウシュベツ橋梁

引き金は、きっとその「存在」の気配だ。頭の奥の奥に追いやられ、何年も忘れ去っていた川の・・・夏のタウシュベツ橋梁の詳細ページへ

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タウシュベツ橋梁

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