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夏のタウシュベツ川橋梁

糠平湖とタウシュベツ川橋梁

幻の橋を求めて

引き金は、きっとその「存在」の気配だ。頭の奥の奥に追いやられ、何年も忘れ去っていた川の記憶。それが突如戻ってきたのは、北の山の中を歩いていると漠然と皮膚が知覚していたその存在を、いつもよりはっきりと感じているせいだ。

空の青さと涼やかな風に反して、手の平は軽くじっとりとしめっている。この山のどこかにも確かに居るであろう「存在」が、目の前に顔を出す事はめったに無いとわかっていても、この淡い緊張感は消えはしない。

気持ちよい光の燦々と降り注ぐ初夏の或る日。

のっそりと起き出して歩き回るその「存在」の気配を何処か遠くに感じながら、森の中の道を歩いていく。時折吹き抜ける心地よい風と清らかな空気。空はすっきりと澄んで青い。子供の頃の記憶の中の、褪せてしまった朧な色が、徐々に徐々にとざわめいて、指から胸へ向っていく。

毎夏を過ごした北国の片隅の、山の中の清らかな川に分け入って、魚を焼いたり潜ったり、そんな騒ぎのその前に、いつも決まって車のクラクションを鳴らし、大声を張り上げて、見えない存在を牽制していた。

地元のおじ達に、「出るから気をつけろ」と注意され、実際に目撃もされていた「存在」には、ついぞ間近で遭遇する事はなかったが、それでも常にどこかに気配を感じその視線を思いながら、清流に足を浸けていた。

その川では、岩を転がし、透明なザリガニが向こうに歩いていくのを見つけては大はしゃぎをしていた。流れの曲がり角、大きな岩の影には、必ずといっていいほど黒く艶やかな魚達が居た。

見かけよりも断然冷たい水。

澱みのつるつると滑る石。渦を巻いている箇所の予想を遙かに越える水の深さに驚嘆し、ごぶりと水中に潜っては川底から立ち上がる螺旋模様を遠巻きに見ていた。ビルに囲まれた普段の生活からは、想像もできない豊かな命の営みがそこにはあった。そしてそこには常にその存在の気配があった。

あれから、一体どれだけの水が岸を洗い、石を転がし、海へと流れついたのだろう。どれだけの星が夜空を横切っていったのだろう。気がつけば心も変わり、身体も変わった。血管の中を流れ行く血の色さえ変わってしまったのかもしれない。それでも頭の片隅に引っかかっている記憶という名の残光は、ひっそり静かに脈打ちながら、じっと密やかに息をしていた。

それはふとしたきっかけに、閃光を伴って鮮やかに輝き出す。前触れもなく「全て」があふれ出し、その止めどなくあふれ出した「全て」が、世界を飲み込んでいくように。

「タウシュベツ川橋梁」

北海道河東郡上士幌町。大雪山の麓、雄大な自然の中に糠平湖という湖がある。1955年(昭和30年)に、発電用人造ダム湖として川がせき止められて出来上がった湖だ。

その湖のほとり、音更川の支流タウシュベツ川の注ぎ口に、古代ローマを思わせるような橋がある。

その名はタウシュベツ川橋梁(タウシュベツ橋梁)。美しいアーチを持つその橋は「幻の橋」と呼ばれている。

昭和初期に十勝北部の農作物や森林資材や人を運搬する為に作られた旧国鉄士幌線のこの橋は、糠平湖の完成と共に周辺が水没する事になったため、鉄道橋としての役目を終えた。

線路は取り外されたものの、橋はそのまま残り、大きく変化する湖の水位に合わせて、姿を見せたり、姿を消したりする。それゆえに「幻の橋」と呼ばれるのである。

タウシュベツ川橋梁と糠平湖

雪解け水の流入やダムの放水などで、劇的に変化する糠平湖の水位にあわせて、見え方の変わるタウシュベツ川橋梁。水位は季節のみならず年によっても大きく違うが、通常は3月~4月頃には水位が低く、時には湖底が見渡せる状態。9月を過ぎる頃には7~9割がた水に覆われてしまう。

タウシュベツ川橋梁
タウシュベツ川橋梁

以前より保存運動も起きているタウシュベツ橋だが、橋は崩落の一途を辿っているという。鉄骨はむき出しになり、橋脚も橋桁もぽろぽろと崩れている。摂氏零度を中心にプラスマイナス20度を超えるようなこの地の厳しい自然環境は、この美しくも壊れやすい橋にはあまりにも過酷なのだ。

糠平湖とタウシュベツ川橋梁

糠平湖とタウシュベツ川橋梁

   

タウシュベツ川橋梁
タウシュベツ川橋梁

人は、感情という名のフィルターを通してしか、目の前を見ることが出来ないのかもしれない。この水の上に横たわる風化してしまった動物の骨の様な白い橋は、何も言わず、湖を渡ってくる風に吹かれていた。

糠平湖と大雪の山々

糠平湖と大雪の山々

糠平湖

糠平湖
糠平湖は、知らなければ人の手で作られたダム湖だとは解らないほどに、自然豊かでゆったりとした美しさを湛えている。「ぬかびら」とはアイヌ語で「人の形をした岩」という意。

緑白色の水、山と木々と湖のコントラストの美しさはカナダの湖を髣髴とさせる。初夏から秋にかけては、湖畔のキャンプ場には数多くの観光客が訪れ、釣りやカヌー、サイクリング、森林浴などを楽しむ。

湖のほとりには大正時代に発見されたという糠平温泉もあり、近隣の人々のみならず道内外の人たちにも人気。

タウシュベツ川橋梁へのアクセス

糠平三股林道

タウシュベツ川橋梁までは、国道273号から少し入った糠平三股林道の入り口脇の駐車場に車を止めて、徒歩で約一時間。多少アップダウンがあるが、晴れていれば気持ちの良いハイキングといった雰囲気の林道。しかし、春から秋にかけては熊が出ることもあるので注意が必要だ。ヒグマ出没という看板もある。

糠平三股林道

   

糠平三股林道
糠平三股林道
糠平三股林道
タウシュベツ川橋梁に続く林道脇の湧き水

タウシュベツ川橋梁に続く林道脇の湧き水

   

   

糠平三股林道

冬のタウシュベツ川橋梁

冬のタウシュベツ川橋梁

気温マイナス17度。青みがかった白銀色の静寂が支配する世界。雲間から顔を覗かせていた太陽はいつのまにか大雪(たいせつ)の山並みの向こうへ隠れ、空はためらいもなく深い青へと・・・冬のタウシュベツ川橋梁のページへ

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糠平湖

1955年(昭和30年)、ダム建設の際に音更川をせき止めてできた人造の湖。ニジマス、ワカサギ、やまべ、コイなどが生息、人気のフィッシングスポットでもある。冬はワカサギ釣りが人気。

タウシュベツ川橋梁

第1回北海道遺産に選定された「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群」の1つ。

タウシュベツ川橋梁までは、国道273号から少し入った糠平三股林道の入り口脇の駐車場に車を止めて、徒歩で約一時間。春から秋にかけては熊が出ることもあるので注意。

タウシュベツ川橋梁

Japan Web Magazine 編集部

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