真冬の北の大地

風が吹き抜けてゆく

ひとしきり風が吹き抜けるのを頭を下げてじっと待って、そしてまた顔を上げた。

一面真っ白な世界に一人静かに佇んでいると、昨日の事も明日の事も忘れてしまう。皮膚感覚が鋭くなると共に内燃機関は燃焼し、記憶中枢は別のシナプスへと繋がり始める。寒風吹けばなお頬は火照り、氷点下20度の気温が体の中心を温めてゆく矛盾。未知なる道はその先に続こうとも、今そこにある一瞬の感覚だけが指先の痺れと共に全身にひろがってゆく。

ごおぉっという風の音。そして静寂。音は極まると静寂になり、静寂は極まると透明になる。思考回路もいつしか透けてゆく。心のない世界に心はある。暗闇の中に光あるように。寒さを知ったものほど、暖炉の暖かさを知る。光は時に眩しすぎるけれども。

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雪の風景

北海道
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極寒の北海道。夜っぴいて7時間ほど車を走らせた後、車を道路わきに止め、雪の上に足を踏み出した。ぎしぎしっという、雪が踏みしめられる音を聞きながら、一歩ずつ歩みを進めていく。見渡す限りは雪の世界。何もかもが凍りつき、何もかもが押し黙る。まったくもってそこには命の脈動がないようにみえた。

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毛細血管が凍りつくのではないかと思うほどに凍てついた空気は、ぱりぱりと音を立て、その風が通り過ぎた痕には流体は残らない。触れるものみな凍らせていく。まさに氷の女王の吐息のように、それが通過した後には命の痕跡さえ残らぬようだ。

女王は絶対なる支配力と完全なる拒否以外、何も持ち合わせていないように見える。それどころか、細胞の一つ一つに至るまでその動きを全て停止させんばかりの冷徹無慈悲な意思さえあるのではないかと思われる。体の末端から徐々に命は引いてゆき、哺乳類の温かさは失われてゆく。細胞がゆっくり動きをとめていく。

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「何にも阿らない。何にも揺るがない。」

限りない厳しさ。でもそこには、優しさと美しさが同居している事をふとした拍子に感じるのだ。見えないけれど確かに存在する温もり。冷たくなっていく中の一瞬の暖かさとはまた別の、低いけれどもどこか安心感のある奥の奥のほうで働く生体。風と共に吹き飛んでゆく結晶の中に煌めく虹。地吹雪の止む瞬間。朝の凍った世界。空気中の水分が固まって、日光を反射してきらきら輝く刹那。クリスタルのようにきらめく枝の透明感。

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それからまた、静かなる半島に向って数時間車を走らせる。右側に凍った海。左側にたゆたう海。道はどこまでも真っ直ぐ続いてゆく。そんな中、何気なく目をやるとオオジロワシが一本の枯れ木の上で休んでいるのが目に飛び込んできた。優雅に遠くを見つめて枝の上に腰掛けている。転瞬、空気を蹴って大きな羽を広げ、力強く羽ばたくとワシは大空に飛び立った。どこからかもう一羽が現れ、つがいとなって彼方へと去ってゆく。一切の無駄のないその所作の美しさ。

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向こうの雪原をイタチか何かがとことこ通りすぎてゆく。雪の中から雪の中へ。氷の上から青空へ。

氷の世界にも、そこかしこに、命の温かさがある。きっと、かわいいとか力強いだとかと騒いでいるのは人間だけで、彼らは別に懸命にでもなく、頑張っているわけでもなく、受け入れているなどという意識すらなく、全てを受容し、当たり前の事として、生活をしているのだろう。そこがたまたま極寒の地であったにせよ。ただ毎日を生きているだけなのだろう。命尽きるその日まで。ただ与えられた命そのままに。本能のままに生きている。そして、それこそが日常に惑い、どたばたし、ぼんやりし、右往左往し、佇み、振り返ることをついぞやめることの出来ない我々人間をして、感動せしめる気がするのだ。過酷な自然の中の、生き物本来の姿。無駄な話も物もない。余計なものは何もない。

そこにあるのは躍動する命の輝き。白い息。

そうしているうちに、さっきまで雪を降らせていた雲が割れ、青空が姿を現した。太陽が顔をだし、世界は別の明るさになってゆく。空から舞い降りて来た光が、ふわり地面に到達したその瞬間、全てのものがキラキラといっせいに輝き出す。それは息を飲む美しさ。氷の中の温かさ。

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深雪極寒の北海道

そこは静寂と荒涼と寒風と命の躍動と絶対なる美の支配する世界

出かける際は防寒対策と双眼鏡を忘れずに

例え日常は忘れても

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