忍城

忍城

浮き城

埼玉県北部にある人口約8万7000人の町「行田」は、ちょっと不思議な名前のご当地グルメ「行田ゼリーフライ」で知られるが、その行田にあって、かつて関東七名城の1つとも謳われた城が「忍城(おしじょう)」だ。上杉、北条氏との戦いにも屈せず、豊臣秀吉の派遣した石田三成軍の水攻めにも耐え抜き落城しなかったことから、別名「忍の浮き城」とも呼ばれた。

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築城は文明年間(1469年~1486年)。この地の豪族であった成田正等、顕泰父子が、一帯を支配していた扇谷上杉家の家臣忍一族を滅ぼし築城したといわれている。翌年には扇谷上杉家に攻められるが、太田道灌の仲裁で和睦。以降、1553年(天文22年)に北条氏康、1574年(天正2年)には上杉謙信に攻められるものの、これを退けている。

1590年(天正18年)、後北条氏を討たんと豊臣秀吉が関東に大軍を送り、小田原城と共にこの忍城も包囲される。忍城攻めの総大将は石田三成であった。三成軍は忍城を一望する山(埼玉古墳群)に本陣をはり、総延長28キロメートルに及ぶ石田堤を建設、近くを流れる利根川の水を利用して、成田長親を筆頭に兵や農民らおよそ3000人が篭城する忍城を水攻めにするが、城は持ちこたえた。結局、先に小田原城が落城したことによって、戦は終結し、忍城が落城することはなかった。これにより忍城は別名「忍の浮き城」と呼ばれるようになる。

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御三階櫓(ごさんかいやぐら)

御三階櫓は、忍城の実質的な天守としての機能を果たしていたもの。明治6年に主だった建物と共に解体されたが、1978年(昭和63年)、忍城の本丸跡に再建された。城や行田の町の今昔を豊富な写真や資料で紹介する展示室になっている。天辺の鯱鉾(しゃちほこ)は高さ1.8メートル。国内最大級の大きさだ。

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Memo

忍城は山本周五郎の「笄掘」をはじめ、「水の城 いまだ落城せず」(風野真知雄)、「風来忍法帖」(山田風太郎)、「紅蓮の狼」(宮本昌孝)、そして「のぼうの城」(和田竜)といった小説の舞台となっている。野村萬斎主演の映画「のぼうの城」も現在大ヒットした。

毎年11月には、「のぼうの城」をテーマに「行田商工祭・忍城時代まつり」が行われる。忍城に甲冑武具をつけた有志が集結、時代絵巻が繰り広げられる。地元商工業者による物産大バザールなど、楽しいイベントも盛りだくさん。問合わせは048-556-4111 (行田商工会議所)まで。

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