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伊根の舟屋

伊根の舟屋

海と共に生きる

京都府与謝郡伊根町

伊根の舟屋

人々は舟と共に暮らし、海と共に生きている。
かつて農耕の民が馬や牛と共にその生活を営んだように
この集落の人々は舟と共に暮らしているのである。
海を愛し、海を尊び、海と生きる。
そこには人々の知恵とたくましさ
そして大いなる海への愛情が溢れている。

伊根の舟屋
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あれはパリにむかう飛行機の中であったろうか。暇をもてあましてふと手に取った雑誌に、静かな入り江に面して木造の家が立ち並ぶ、それは美しい写真が載っていた。家々の一階部分は海側に大きく口を開けていて、漁が盛んな町の砂浜でよく見かけるスロープに横木が打たれた船着場らしきものがあり、実際何軒かの家には舟が泊まっていた。

小さい頃からの憧れであった、水に面して暮らす生活をまさに理想的な形で体現したような素敵な光景。目が釘付けになる。写真の下のアルファベットを目で追うと「Kyoto, Funaya」と書いてあった。

それが「伊根の舟屋」との出会いだった。

伊根の舟屋伊根の舟屋
伊根の舟屋

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伊根の舟屋

入り江の町

京都府与謝郡伊根町。若狭湾に面した静かな入り江に舟屋の町並みはある。京都市内から車で2時間半~3時間ほど。いくつか山を越えて日本海へと出、日本三景「天橋立」を過ぎて、国道178号線を北上していくと、やがて風光明媚な宮津湾に面して大きなビルがいくつか建っているのが目に入ってくる。それを横目に先に行くと次第に周りの風景は自然に近くなってくる。さらに走り続け、トンネルを抜けて、道を右に折れると、ようやくそこが伊根湾だ。地図で見るとよくわかるが、大きく張り出した半島と湾の入り口にある、言わば防波堤の役目をする島に囲まれた湾はとても穏やかな天然の良港になっており、この伊根には古くから人が住み着いてきた。豊かな湾内は漁場としても素晴らしく、かつては外海に出ずとも様々な海の幸を獲る事が出来たという。人々はすぐ目の前の海で生活の糧を得、日々の暮らしを営んだ。小舟を漕ぎ出せば、自分の家が見える範囲、陸からすぐの場所で漁が出来、漁が終わればまたすぐ家に戻ることが出来たのだ。

「舟屋」はそんな伊根湾の沿岸部に沿って並んで建つ、一階部分が「舟のガレージ」とも言うべき船着場及び漁具の格納場所、二階部分が住居になっている建物である。海に暮らす人々の日々の生活の中で、便利に、かつ必要に迫られて出来上がった無駄のない建築形態だ。山がすぐ背後にまでせまり、広く敷地をとれない土地ならではの建築と言えるだろう。舟屋の持つ美しさ、それは正に生活の中で作り上げられてきた機能的な美なのである。

伊根の舟屋

伊根の舟屋

伊根の舟屋

伊根の舟屋

伊根の舟屋伊根の舟屋

町を貫く海岸沿いの一本道。道は場所によっては離合困難な細い道だ。それが地形に沿って右に左にと曲がり、続いている。道の両側に家が建つ。海側がいわゆる舟屋の作りになっていて、反対側の家のすぐ裏手には山が迫る。深く入り組んだ入り江に面して、海にまさに落ち込まんとする山の縁にようやく道が引っかかっているような印象さえ受ける。道から海側の家をみると、開いたままの扉の向こうに船着場があり、さらにその先に海が見える。家の中に海が在るような錯覚におちいる。逆に海から見ると、まるで水面に家々が浮かんでいるように見えるのだ。

伊根の舟屋伊根の舟屋
伊根の舟屋

伊根の舟屋伊根の舟屋
伊根の舟屋
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日本海で採れる鰤を求めて舟屋から小舟で漁に漕ぎ出したという江戸時代。年貢で納められた鰤は伊根鰤として名高かった。また湾内に入り込んだ鯨を集落の人々が力を合わせて捕獲したという伝統も持つ。時代は移り、船にはエンジンがつき、漁の方法も様変わりした。船舶は大型化し、漁も外海へ出ることが多くなった。徐々に伝統的な生活は変化してきているがそれでも伊根の集落の人々の生活の中心が海である事には変りはない。ちなみに京都府内の漁業高のおよそ25パーセントがこの伊根漁港の水揚げで占められている。

伊根で水揚げされる魚介は、鰤、鯵、アオリイカ、アンコウ、真鯛、ヒラメ、真鯖、スズキなどなど。

伊根の舟屋
伊根の舟屋

舟屋は船の格納庫であると共に、倉庫であり、作業場でもある。近くで獲って来たという鱧を捌くSさん。

伊根の舟屋

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伊根の舟屋
伊根の舟屋

伊根湾の美しい風景を眺めながら、飛行機の上の自分を思い出す。かつて、機上でまだ見ぬ伊根の美しい光景を思い浮かべながら、そこに立つ自分を想像した。体は上空2万5千フィートを漂いながら、気持ちは若狭湾の小さな町に飛んでいた。

時を経て今度は、海抜0メートルの世界で、何年も前の機上の自分を思い出していた。何万秒という時間と何万フィートという隔たりが、そこには全く存在しないかのような不思議な感覚にとらわれる。ふとした瞬間に空間が交錯し、過去の世界に迷い込んだのではないか、そんな気持ちになる。

時の流れはきっと一方向ではない。過去の自分が見る未来と未来の自分が見る過去の境目に、この美しい景色は確かに存在し、隅から隅まで飛んだと思っていてもそれは実は隣であったように、果てと果てはきっと繋がっている。時の流れは、この海の流れのように寄せては返すだけだ。この海に漂う流木のように、自身も流れに漂うモノであるのかと、そんな事をぼんやり考えていたら、すぐ目の前で魚がぴょんと跳ねた。

伊根の町はその日、厚い曇に覆われていた。手を伸ばせば届きそうなところに、雲は重く垂れ込めていた。それでも心はなぜだか晴れやかだった。それは、何年も見たいと願っていた景色の中に、初めから自分がいることにようやく気がついたからなのか。

風はほのかに海苔の香りをまとって、ゆるりと山の方に消えていった。

伊根の舟屋

時は流れても、変わらぬ人の思いがある。
時が流れても、変わらぬ人の心がある。
流れの中で彷徨って彷徨いながら又流れてゆく。
人はそうして何かを求め、人はそうして何かを失う。
気づかぬうちに。知らぬうちに。
ただ雄大な海だけがその答えを知る。
答えなどはじめから無いということを。

伊根の舟屋
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伊根の舟屋

今日も舟は海に出て行く。
海と共に生きる「海人」達は
今日も海へと漕ぎ出でる。
明日のために
細胞に命を与えるために。

伊根の舟屋
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Japan Web Magazine 編集部

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