原城跡

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島原の乱の舞台となった城

原城は、島原半島南部にある島原湾に面した小高い丘陵にあった城。1496年(明応5年)、肥前の戦国大名・有馬貴純によって日野江城の支城として築城された城だ。別名「日暮城」。有馬氏の後に島原藩主となった松倉重政による島原城築城によって、日野江城とともに廃城となった。この松倉重政と子の松倉重政は農民に重税を課し、過酷な搾取を重ねた悪政を行った事で知られ、島原の乱の原因を作ったといわれる。また幕府のキリシタン弾圧政策に従い、藩内のキリシタンを弾圧。キリシタンや年貢を納められない農民に対し残忍な拷問を行ったという。これらの所業に耐えかねた農民らは天草四郎を中心として、一揆を起こし、原城に立て篭もる。この「島原の乱」は、結局鎮圧され、原城も陥落してしまうが、島原藩主松倉勝家は悪政によってこの一揆を引き起こしたとして改易処分となり、斬首された。幕府軍は島原の乱後原城を徹底的に破壊したが、現在も石垣、空堀などが残されている。

長崎切支丹哀史「島原の乱」

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原城跡は1938年(昭和13年)、国の史跡に指定されている。

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