高千穂神社

高千穂神社

高千穂八十八社の総鎮守

清浄が先か、神秘が先か。はたまた神々の集まるところに、清浄は生まれ、それはさらに清まって神秘になるのか。木々に精霊は宿り、風は吹き水は流れる。森厳なる生命の秩序は、世界を睥睨し、あまねく響き渡っていく。緩やかにぬけゆく矢筈のような感情は、木々のざわめきに静かに丸む(まろむ)。それは時折海嘯のように波立ちながら迫り来て、そして静かに消えていった。しおとに濡れた心衣(こころぎぬ)は、いつしか俎上に帰りきぬ。天性は自然へと。霊性は中心へと。全ては一瞬、そして辺りは静寂に包まれる。ゆるりと還りゆく。光のまにまに。水のまにまに。

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高千穂神社

高千穂神社

創建は1900年前にさかのぼるという高千穂神社。「高千穂皇神社」として「続日本紀」にもその名が見られる歴史ある神社だ。古来「十社(じっしゃ)大明神」、「十社宮」などと呼ばれてきたが、明治4年(1871年)に「三田井神社」、更に明治28年(1895年)に現在の高千穂神社となった。天津彦火瓊々杵尊・木花開耶姫命、彦火火出見尊・豊玉姫命、鵜葺草葺不合尊・玉依姫命という六柱の総称である高千穂皇神を祀っている。天孫降臨の地である高千穂の八十八社の総鎮守である。緑深い境内。長い時間を刻んできたもののみが持つ、奥ゆかしさと荘厳さがそこかしこに漂っている。近くの天岩戸神社や熊本の幣立神宮などもそうだが、気というか大地のパワーというか、辺り一体に立ち込める「清浄」が心の中をも浄化してくれるような気分になる場所だ。

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天孫降臨の地

「地上界の無秩序に心を痛めた天照大神(アマテラスオオミカミ)は、孫(天孫)である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に、「地上界に降りて国を治めるように」と命じた。命じられるままにニニギノミコトは多くの神を従え地上に降りるが、辺りは立ち込める雲のために真っ暗で何も見えずに困っていた。そこへ大クワ・小クワと名乗る里の二人が出現、「ミコトがお持ちになっている稲穂から籾を取りそれを四方に撒けば、きっと晴れ渡ることでしょう。」と言う。その言葉に従って、籾を四方に撒いたところ、みるみるうちに雲は晴れて空は明るくなり、太陽と月が輝き始めたという。こうして、この地は「智穂」、そして「高千穂」と名付けられた。

「高千穂」は古事記や日本書紀そして風土記に、天孫降臨の地としてその名前が出てくるが、実は宮崎県には「高千穂」の名がつく場所がもう一つある。「高千穂峰」だ。かの本居宣長も、史書に書かれているのは、一体どちらの「高千穂」なのか頭を悩ませたという。

高千穂神社
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夫婦杉

夫婦が手をつないで周囲を三度周ると夫婦円満・家内安全・子孫繁栄の願いがかなうという「夫婦杉」。二本の大木だが、根元が一つに繋がっていることから名づけられた。樹齢800年以上と言われる。何があっても分かれることのない象徴的な姿で、多くの夫婦、恋人そして友人達を惹きつける。

高千穂神社
高千穂神社

各所の由緒ある神社や寺院はどこもそうだが、歴史的に重要な人物ゆかりのものがそこかしこに静かに佇んでいたりする。この大杉は、源頼朝の命を受けて、天下泰平の祈願に参詣したという畠山重忠が自らの手で植えたという杉。「秩父杉」と名づけられている。高さおよそ55メートル。

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国指定重要文化財の本殿。安永7年(1778年)に造り替えられたもの。

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