岸和田城

岸和田城

猪伏山の千亀利城(蟄亀利城)

岸和田城は楠木正成の一族和田高家によって築かれたと伝えられる城。最初の城(岸和田古城)は1334年(建武元年)前後の築城といわれ、現在の場所の500メートルほど東にあった。その後、羽柴秀吉が紀州根来寺を平定した際に、岸和田に叔父の小出秀政を入れて城主とし、小出秀政が5層天守の城として改修整備する。1597年頃のことだ。さらに、1619年に小出氏に代わり入城した松平康重によって、浜の石垣が築かれ、城下町一帯を囲い込んで総構えが整備される。1640年頃に入城した岡部宣勝時代には外曲輪が築かれた。
1703年(元禄16年)には京都伏見稲荷を勧請して城内に三の丸稲荷社が建立され、五穀豊穣を祈る稲荷祭が執り行われる。これが有名な岸和田の「だんじり祭」の始まりだ。
天守閣は1827年(文政10年)の落雷で焼失、さらに明治維新時の廃城令によって櫓・門などが破壊され、近世以前の遺構としては堀と石垣が残るのみ。現在の天守閣は1954年(昭和29年)に建造されたもので、3層3階の模擬天守。本丸・二の丸跡は千亀利公園として整備され、花の季節には桜の名所として多くの人で賑わう。

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