日暮里の老舗の酒屋で角打ちしていたら「異世界」に迷い込んだ話
公開日: 2024年1月13日 | 最終更新日 2024年1月13日
東日暮里の老舗酒屋「家谷酒店」にて
都内でも比較的まだ銭湯が生き残っているエリアの一つ「東日暮里」。中でも常磐線の三河島駅から徒歩7分ほどの場所に位置する「帝国湯」は、その昔ながらの立派な佇まいもあって「銭湯好きなら一度は訪れるべき銭湯」といわれている。
その「帝国湯」の向かいにある一軒の酒屋「家谷酒店」が今日の話の舞台だ。
「家谷酒店」を訪れたのは午後5時頃。実は前情報も何もなく、グーグルマップの「酒屋 角打ち」の検索キーワードでたどり着いたのだが、一度店の前を素通りしそうになってしまった。それほどまでに「営業している」という雰囲気が全然なかったのだ。まだ外が明るかったので店内の電気がぼんやりとしか見えなかったせいもあるだろう。表に飲料とたばこの自動販売機が一台ずつ設置されてはいるが、光り輝く看板があるでもなく、店の前には無造作にビールケースが転がっているだけで営業中のお店の気配がしないのだ。建物も古びていて、ガラスもくすんでいる。ガラス越しに見える店内も「商品がきれいに陳列されている」という感じでもなく、なにやら雑然とした雰囲気だ。
とはいえ「廃墟」という訳でもないので、意を決してガラス扉を開けて店内に入ってみた。
店内に入った瞬間、独特のすえた匂いが鼻腔に入ってくる。店内は、外からガラス越しに見るよりもさらに雑然とした感が強く、もはや何年も前に営業を終えている、といった感じだ。中央の棚には品物がない。品物がないというより空き箱が所々に置かれただけの倉庫かどこかの様なのである。壁際の棚には酒瓶が並んではいるが、ものによっては一体いつの時代のものともわからない瓶も並んでいる。そこにご主人らしきお年寄りが居なければ、踵を返してお店を出たに違いない。
そう、入り口を入った正面左側に一人の優し気なお年寄りが立っていたのだ。
「やっていますか?」と尋ねてみる。耳が遠いようで要領を得ない。
今度は少し大きめの声で「角打ちはやっていますか?」と尋ねてみる。「ここで飲めますか?」と続けた。
すると「いいですよ」との言葉が返ってきた。
では、ということで入口右側にある冷蔵庫から缶ビールを取り出した。どうやら店内右手側が角打ち用のスペースらしく、テーブルがありその向こうに座れるような形でビールケースが置いてあって、その上に段ボールが敷いてある。そう、この段ボールが無造作に積んである感じが店内を余計に「雑然」とした雰囲気にしているのだ。
テーブルの上には灰皿が幾つも置いてあり、ビニールひもや輪ゴム、ハサミ、割り箸、酒瓶などが乱雑に置かれている。決して綺麗とか清潔というわけではない。どちらかといえば散らかっているのである。しかし、不思議なことだが、なんとなく落ち着くような、懐かしいような感じもあるのだ。後から考えればこの時既に私たちは異世界に足を踏み入れていたのである。
「ごくごくごく。」半分ほどを一息に飲んでから缶を置く。
あらためて店内を見回してみるが、やはり不思議な感じだ。まず、品物がないのである。いや、先ほども説明した通り、壁際には棚があって酒瓶が並んでいるのだが、「酒屋」というには商品がなさすぎるのである。
昔の酒屋がどこもそうであったように、かつては食品やちょっとした雑貨なども置いてあったのだろうか。時代の流れでそれらを置かなくなり、今はお酒と煙草を細々と売っている、そんな感じだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていると、連れが「このお店は何年くらいやってらっしゃるんですか?」と尋ねた。
一度では通じず、もう一度大きめの声で尋ねる。すると思いのほか普通の音量で「親父の代からだから100年近くになるかな」と返ってきた。
そう、異世界に紛れ込んでいくような不思議な感覚に陥る理由が店内の雰囲気に加えて、ご店主の独特の雰囲気と話し方なのだ。耳が遠い人にありがちな、話声が大きいということもない。至って普通の音量、トーンで淡々と話す。聞き返したり質問したりしても届いていないのか基本はスルー。大きめの声でゆっくり質問すると、答えが返ってくる。通常なら少しストレスを感じそうな場面ではあるが、それが一切ないのはにじみ出る店主の温厚そうな人柄と話し方のせいかも知れない。とにかく話をすればするほど、別の世界に体が持っていかれているような感じになるのだ。
「偶然にも向かいの風呂屋のご主人と同郷なんですよ」と店主は続ける。
「ご出身はどちらですか?」と尋ねてみると、
「能登です」と答えが返ってきた。
「地震の被害、大丈夫でしたか?」と尋ねる。
詳しく聞いてみると、郷里は能登島の近くなのだそうだ。既に80を越えているというご店主の親戚がいて、避難しているとのこと。向かいの銭湯のご主人の出身地も比較的近いのだそうだ。かねてより、東京や大阪、京都の銭湯の経営者は、石川や福井、富山、新潟など、北陸や信越地方の出身者が多いと聞いていたが、なるほど、そのようである。
続けて、机の上に置かれていた雑誌を開きながら、これまでに受けた取材の話などをしてくれる。酒飲みの間では有名な吉田類氏もやって来たそうだ。「アド街」などのテレビにも出たのだという。その際には、ちらりと写り込んだ棚に並んでいたウイスキーを見て、次の日から問い合わせが殺到し、全国から人が買いにやってきたのだという。中には20本近く買っていった人もいたそうだ。
「昔は卸もしていてね。浅草のほうにも卸していたのだけど、あまりに引っ掛かるから、嫌になってやめちゃった」という。
昔はウイスキーを3箱買うと2箱ついてくるような時代があったらしい。だから店には大量のウイスキーが残った。それらは奥の部屋や廊下に積んであったのだという。大量の在庫が何年も眠っていた。たまたまそのうちの数本を棚に並べておいたのがテレビに映り、目ざとい酒好きがわらわらとやってきて在庫も含めて全部なくなってしまったのだそうだ。後で調べてみると、アド街でこのお店が取り上げられたのは2010年2月の放送の回。番組サイトの紹介ページには「実はこちらには、ビンテージ感溢れるワインや今では入手困難なリキュールが並び、バーテンダーが年代もののお酒を求め、わざわざ買いに訪れる穴場スポット。」とあった。番組放送前からすでに穴場として有名だったのが全国的に知られるようになり、稀少なお酒は全部なくなってしまった、ということか。
日本酒は一升瓶だとコップに10杯注げるので、角打ちの値段は一升瓶の価格の10分の1が基本とのこと。頂いた菊姫は1本4200円。なのでコップ一杯420円。この上なく明朗会計。こんなところも角打ちの魅力だ。
「店の中に物がない」その理由が少しずつ解明されていく。
もちろん普通なら、稀少な酒、在庫が無くなっても、普通の商品を新たに仕入れて店に陳列するのだろうが、あくまで推測だが14年前に既に70代であったご店主は、徐々に仕入れを減らしていったのではないだろうか。
と思いつつ、机の上に置かれていた雑誌の発行年月日をみると2016年とある。「ン?」2016年といえば8年前だ。「酒場100軒 あなたの「心の一軒」おしえてください」と表紙にあるその雑誌をめくると、整然と棚に並べられた沢山の商品をバックに、モデルと共に写る店主がいた。その時の取材の様子なども穏やかに話してくれる。
その雑誌には何枚かの写真も挟まっていた。一枚の白黒の写真の裏には昭和16年と書いてあり、子供たちが写っていた。「一番小さな子供が当時一歳の私です。」と教えてくれる。戦争で疎開したこと。兄弟は8人いるということ。弟は一昨年なくなってしまったことなど、話が続く。もう一枚のA4サイズの写真には若かりし頃のご店主と、とても綺麗な女性が写っていた。
「それは姉です」という。東映の3期生だったとのこと。
どうりで綺麗なはずだ。
「今はアメリカのシリコンバレーに住んでいるんですよ。」と教えてくれる。
「姪っ子の結婚した相手はアイザックニュートンの子孫」だとか、「優男の娘婿の血液検査をしたら、80パーセント以上の割合でバイキングの子孫であることが判明した」とか、「京橋のすぐそばに通っていた学校があって、そこのハンドボール部員であった」とか、「熱海でそのハンドボール部員の同窓会をやったがその宿の責任者がハンドボール部時代の関係者だったからその場所を使うことができた」とか、「その宿は勝新太郎や若山富三郎なども来ていて、その豪快なエピソード」とか、「ウクライナからやってきたカメラマンの話」などなど、主の話は時代や場所を軽々と越えていく。出てくる名前や地名も想像の斜め上をいく。いつのまにか引き込まれ、聞き入っている自分がいる。同時に、ビールの次に飲み始めた日本酒が少し回ってきたのか、時間と空間が少し歪んできたのか、さらに不思議な感覚にとらわれていく。
すぐそばを通る常磐線の夜中の保線工事を終えた人たちがやってきて、早朝から店が満杯であったという話、最盛期には角打ちで2回転も3回転もするほど混雑してたのだそうだ。
話の合間に、ご常連であろうか、時折一人、また一人と入口の扉を開け、小銭をポンとおいて缶酎ハイを買っていったり、タバコを買って出ていく。そのたびに耳が遠いということを一切感じさせない対応をするご店主。決してぞんざいな接客ではなく、かといって無駄話もしない。所作に無駄がないのだ。お客さんの方もまたしかり。さっと入ってきて、さっと出ていく。それがまた妙に心地よいのである。
缶ビール一本とコップ酒一杯しか飲んでいないので「酔っている」という感じではない。頭ははっきりしている。ただ、「どこかに迷い込んだ」という感覚が付いて回るのだ。今までに味わったことのない心持ちなのである。別の世界をふわふわと漂っているような感じだ。さながら映画やアニメなら、扉を開けて外に出たら昭和の初期辺りにタイムスリップしてそうなのである。
話が一通り済んだところで、昆布をかみしめながら、コップに残った酒を飲み干し、御礼を言って店を出た。
高揚感とも少し違う、穏やかな喜びが身体を包んでいる。時間にして1時間弱。気分的には半日位居たような感覚だ。
外はすっかり暗くなっていた。お向かいの銭湯の明かりがとても美しい。
万人におすすめできるというお店ではない。ざっかけな雰囲気や少しばかりの乱雑さを気にしない、それはそれ、これはこれ、として楽しめるような酒飲みにおすすめの場所だ。まさに店主の人柄を求めていくタイプの店である。昭和15年生まれというご店主が、いつまで対応してくれるのかはわからない。次回は「帝国湯」とセットで訪問しよう、そう心に決めて家路についた。
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家谷酒店(いえたにさけてん) DATA
- 場所: 東京都荒川区東日暮里3丁目12−13
- 交通(公共交通機関で): JR三河島駅から徒歩約7分
- 問い合わせ: 03-3891-3183