武家屋敷跡 野村家

01

加賀藩の藩祖・前田利家が1583年(天正11年) 金沢城に入城し加賀百万石の礎を築く際に、直臣として利家につき従った野村伝兵衛信貞の屋敷跡。

明治維新後の混乱で建物の一部が壊されたものの、昭和に入ってから北前船の船主・久保彦兵衛の豪邸から、藩主を招いた「上段の間」と「謁見の間」などが移築され、現在に至っている。山水画の描かれた襖や、総檜造りの格天井、ギヤマン(ガラス)入りの障子戸など、文化財としても貴重な建物で、茶室や、樹齢400年の山桃や椎の古木が茂る美しく整備された庭など、格式高い暮らしの一端を垣間見ることができる。

アメリカの日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」の3位にランキングされたほか、ミシュランの観光地格付けにて2つ星に選ばれるなど、海外でも高い評価を受けており、まさに「日本美」ともいえるシンプルで清らかな美しさにあふれている。

02

久保彦兵衛の邸宅から移築された上段の間(奥)と謁見の間。藩主を招いた際に使用された部屋で、総檜づくりの格天井、紫檀、黒壇材を使った緻密な細工など、費用と技術をかけて築かれたもの。謁見の間の白い牡丹の襖絵は、加賀藩の支藩、大聖寺藩の藩士であった山口梅園の手になるもの。心流剣術の名手であったといわれ、江戸時代後期の文人画家・浦上春琴に絵画を学んだという人物。

03

04

05

06

091011121314
08

Japan web magazine’s recommend

この記事を書いた人

Japan Web Magazine 編集部

日本のおいしい食べ物、素敵な場所、いいモノ、いいコトなどをご紹介します。

Japan Web Magazine 編集部 の記事数 1755 Japan Web Magazine 編集部 の投稿一覧 See all posts by Japan Web Magazine 編集部

Avatar photo