平林寺

平林寺

武蔵野の自然が残る境内

東京都立川市の玉川上水から埼玉県新座市を通り、新河岸川に流れ込む野火止用水。高度成長期には水質汚染が進み、暗渠化されるなどして存亡の危機に陥ったものの、その後改善が進んで現在は鯉が泳ぐほどまでに清らかな水に戻った野火止用水は、江戸時代、水の乏しい地域であった現在の新座、志木、朝霞周辺に水を引くための用水路として作られたものだ。中心人物は古今の名相と謳われた、幕府の老中で上水道の工事を取り仕切っていた川越藩主・松平信綱。信綱の命を受けた家臣の安松金右衛門と小畠助左衛門が指揮を取り、玉川用水から分水して作ったこの野火止用水のお陰で周辺地域の開墾が進み、新田開発が盛んに行われたことによって庶民の暮らしは楽になったという。それに感謝して、人々はこの野火止用水を、松平信綱の武家官位であった伊豆守にちなみ、伊豆殿堀(いずどのぼり)とも呼んだ。

その野火止用水が境内を流れ、用水の開削功労者である松平信綱や、安松金右衛門、小畠助左衛門の墓所もある寺院が臨済宗妙心寺派の平林寺だ。創建は1375年(永和元年)。岩槻城の北西、金重村(今のさいたま市岩槻区)に、大田備州沙弥蘊沢(うんたく)によって臨済宗の建長寺派の寺院として建立された。その後、大徳寺派を経て妙心寺派の寺院となる。現在の野火止の地に移ったのは、1663年(寛文3年)のこと。信綱は、用地開発に伴い、菩提寺の平林寺を岩槻から所領であった野火止村に移転させることを望んだが果たせず、死後、信綱の遺志をうけて子の輝綱が伽藍から墓石に至るまで現在の地に移建し、改葬した。

約56ヘクタールにも及ぶ広大な敷地の境内には、本堂の周りにスギやヒノキを主体とする針葉樹林、さらにその外側を囲うようにクヌギ、コナラ、イヌシデ、エゴノキを主体とする落葉広葉樹林が生えており、一寺院の境内と思えないほどの豊かな自然に圧倒される。その様相は、かつて周辺地域を覆っていたであろう、広大な武蔵野の雑木林を彷彿とさせるものだ。境内林のすべてが、武蔵野の面影を残す雑木林として国指定の天然記念物となっている。禅宗様式で本堂まで一直線に配置された総門・山門・仏殿・中門の景観も気持ちがいい。総門・山門・仏殿・中門の4棟はいずれも埼玉県指定の有形文化財。

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平林寺

平林寺総門

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山門

1664年(寛文4年)建立の木造、茅葺の山門。左右に金剛力士像、楼上に釈迦・文殊・普賢の三尊像及び、十六羅漢像が安置されている。

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平林寺

仏殿

単層入母屋造の茅葺の仏殿。中央の須弥檀には南北朝時代の釈迦如来坐像と室町時代の阿難・迦葉の三尊像が安置されている。

平林寺平林寺

経蔵(左)と戴渓堂(右)

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鐘楼

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平林寺本堂

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平林寺へのアクセス

平林寺へは東武東上線の朝霞台駅南口からバス「東久留米駅(北口)行き」又は「福祉センター入口行き」に乗り「平林寺」下車。または志木駅南口からバス「ひばりヶ丘駅(北口)行き」又は「新座営業所行き」に乗り「平林寺」で下車徒歩すぐだ。いずれもバスの乗車時間は約15分ほど。西武池袋線の東久留米駅からもアクセス可能。北口からバス「朝霞台駅(南口)行き」又は「新座市役所行き」で約15分、「平林寺」下車。健脚の方はJR武蔵野線の新座駅から徒歩でも行かれる。時間にして30~40分、距離約2.5km程だ。

2月上旬から下旬の梅、3月下旬のしだれ桜、5月から6月の新緑、11月中旬から12月上旬の紅葉、12月から3月に時折見られる雪景色と、四季折々の美しさを見せる平林寺。広大な境内をのんびりと散策しながら、コゲラ、エナガ、シジュウカラ、メジロ等30種類以上生息するという野鳥の声に耳を傾けたり、その姿を観察するのもオススメだ。

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