冬の平林寺

冬の平林寺

雪の平林寺

東京・池袋から東武東上線で約20分の朝霞台駅(JR武蔵野線北朝霞駅)、または隣の志木駅から西武バスで約15分、もしくは西武池袋線の東久留米駅から同じく西武バスで約15分の場所にある平林寺は、武蔵野・野火止台地の豊かな自然に囲まれた臨済宗妙心寺派の寺院だ。およそ13万坪という広大な境内に、山門、仏殿、本堂、および川越藩主・松平信綱公や、野火止用水の開削功労者・安松金右衛門、小畠助左衛門の墓所が点在し、スギやヒノキなどの針葉樹林、クヌギ、コナラ、イヌシデ、エゴノキなどの落葉広葉樹林が広がっている。

作家・田山花袋が「昔の武蔵野の匂いを嗅ごうとするには、野火止の平林寺付近が好いね」と語ったともいわれるこの平林寺一帯には、花袋の没後80余年を経てしてもなお、武蔵野のかつての面影を髣髴とさせるような雑木林が残されており、30種以上の野鳥が生息している。そんな平林寺の、或る冬の風景をお届けしよう。

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冬の平林寺

「武蔵国に平林禅寺」ありといわれ、関東地方でも格式の高い寺院として知られる平林寺は、正式名称を「金鳳山平林禅寺」という。開山当時は現在の岩槻にあったが、秀吉の岩槻城攻めの際に焼失、翌年に徳川家康から伽藍再建のための朱印状を与えられ、翌1592年(寛文3年)に大河内氏の庇護の下、駿河国臨済寺の鉄山宗鈍禅師を迎えて中興開山されている。現在の地に移ってきたのは、1663年(寛文3年)のこと。以後、川越藩主・松平氏(大河内松平氏)、柳沢氏を経て、1704年(宝永元年)に柳沢氏が甲府に転封となったのをきっかけに再び大河内松平氏の庇護下に入り、幕末~明治~現在に至っている。

冬の平林寺

山門

1664年(寛文4年)建立の木造入母屋造茅葺の山門。左右には金剛力士像、楼上には釈迦・文殊・普賢の三尊像、十六羅漢像が安置される。「凌霄閣」の扁額は石川丈山によるもの。

冬の平林寺
平林寺
平林寺
平林寺
冬の平林寺

仏殿

単層入母屋造茅葺の仏殿。中央の須弥檀には釈迦・阿難・迦葉の三尊像が安置されている。埼玉県指定有形文化財。

冬の平林寺
冬の平林寺

大河内家廟所

三代将軍家光の老中も務めた川越藩主・松平信綱(1596~1662)ほか、大河内松平家歴代の廟所。

冬の平林寺冬の平林寺
冬の平林寺
冬の平林寺
冬の平林寺
冬の平林寺
冬の平林寺
冬の平林寺

桜や紅葉の名所としても知られ、美しい装いを見せる見頃の時期には沢山の人が訪れる平林寺も冬場は比較的空いており、この日境内ですれ違った人は3人ほど。「ざくっ、ざくっ」という雪を踏みしめる自身の足音と、時折聞こえてくる鳥の声と風の歌以外は音もなく、ひっそりと冬枯れの静かな美しさに満ちていた。雑木林は「武蔵野の面影を残す雑木林」として国指定の天然記念物にもなっている。

秋の平林寺

冬の平林寺
冬の平林寺
平林寺

雑木林の中に佇んでいると、鼻から入ってくる澄み切った冷気が肺から全身へとじんわり広がっていくような感じがして心地よい。

冬の平林寺
平林寺

野火止塚

別名・九十九塚と呼ばれるこの塚は、野火(野原の枯草を焼く火)を見張ったものといわれる。

冬の平林寺
平林寺
平林寺
平林寺
平林寺
平林寺

半僧坊

平林寺
冬の平林寺
平林寺
平林寺

平林寺へのアクセス

平林寺へは池袋駅から東武東上線に乗り朝霞台駅(JR武蔵野線北朝霞駅)へ。朝霞台駅南口からバス「東久留米駅(北口)行」又は「福祉センター入口行」に乗り「平林寺」下車。または志木駅南口からバス「ひばりヶ丘駅(北口)行」又は「新座営業所行」に乗り「平林寺」で下車、徒歩すぐ。いずれもバスの乗車時間は約15分ほど。西武池袋線の東久留米駅からもアクセス可能。北口からバス「朝霞台駅(南口)行」又は「新座市役所行」で約15分、「平林寺」下車。健脚の方はJR武蔵野線の新座駅から徒歩でもアクセス可能。時間にして30~40分、距離にして約2.5km程。

Memo

2月上旬から下旬の梅、3月下旬のしだれ桜、5月から6月の新緑、11月中旬から12月上旬の紅葉、12月から3月に時折見られる雪景色と、四季折々の美しさを見せる平林寺。広大な境内をのんびりと散策しながら、コゲラ、エナガ、シジュウカラ、メジロ等30種類以上生息するという野鳥の声に耳を傾けたり、その姿を観察するのもオススメだ。

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平林寺

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