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館山 一五鮨

一五鮨「こはだの握り」

隠れた名店を探す旅

金が金を呼び、持てる者が益々持てるようになり、今や米国では人口の一パーセントが富全体の95パーセント以上を所有するという歪んだ現代の資本主義。人々は大企業と大手マスメディアの作り出したイメージに操作され、判断力を半ば失ったまま、見せ掛けだけの煌びやかさに翻弄される。それは外食産業においても顕著だ。本物を脇に追いやり、利益主義、効率主義で行われる商い。店構えと内装を派手に判りやすくし、質よりも量や値段といわんばかりに材料費を削り人件費を削り、薄っぺらなものを提供する。もしくは客の無知をいいことに、不当に価格を吊り上げたり、量を減らしたりして提供する。

勿論、頭ごなしに商業主義を非難し、企業やお店側のみを非難するわけではない。我々消費者側の意識の問題もある。消費者が買わない(入らない)ならば、その商品は作られないだろうし、お店も潰れるだろうから。また、価格や量での勝負も否定するわけではない。量や安さを求めるニーズはいつの時代にも存在するし、世の中には安くて量も多くて美味しいものを提供する店も沢山ある。希少価値やブランド性を信奉する人々もいる。ニーズに応えるために、最大限の努力をして、お客が喜ぶことを第一に商売しているのならば、何も問題はないどころか、それはむしろ素晴らしいことだ。安くて美味しくて適度に量もある、消費者として、これは喜ばしい以外なにものでもない。客が求めるものを、提供する、価格が高くてもお客がそれに価値を見出して喜んで支払う、それになんら問題はない。

非難されるべきは、客の事を考えないやり方である。ただ利益が上がればそれでよい、店の格が上がればそれでよい、そんなやり方だ。いかに量を捌くか、いかに儲けを出すか。値段や質において、自分ではとてもではないが食べる気はしないが、客には出している、そんな店が一体どれほど世の中で幅をきかせていることか。

しかしその一方で、世の中にはまだまだ「良心的なお店」も沢山ある。「本当の名店」と呼ばれるべきお店が沢山あるのである。勿論、ここ何年か特に話題に上る「ミシュラン」などに掲載されるような誰もが認める誉れ高き「名店」もある。趣き溢れる表通りにある老舗の名店、店内も器も美しく、味も素晴らしい。当然値段も高い。そのような名店の紹介は他に譲るとして、ここでスポットを当てたいのは、「お客が喜ぶことを大事にする」という、我々客側にしてみたら、素晴らしくも至極当然な姿勢を貫く、真の名店である。誰もが知る名店とは一味違う隠れた名店をご紹介しよう。

館山の裏通りにある名店「一五鮨」

千葉県館山市。房総半島の南端に位置する人口5万人ほどの町である。温暖な気候で別荘地としても人気が有り、「グラン・ブルー」で世界的に有名になったかのジャック・マイヨールの別荘もこの館山市にあった。一月から咲き始める菜の花を始めとした花々やイチゴなどの果物も有名だが、房総半島といえば、やはりなんといっても魚介だ。イワシを始め、アジ、サバ、カツオ、ブリ、キンメダイ、マグロ、トビウオ、イカやイセエビ、アワビ、サザエ、ヒジキなど豊富な漁獲量を誇る。

そんな館山の中心地、JR館山駅から10分程歩いた住宅街に隠れた名店があると聞いて、60年以上前の子供の時分から館山を走り回っていたという「館山通」に連れられて訪れてみた。

がらがらと引き戸を開けて入ったお店の中は、蛍光灯の灯る典型的な地方都市のお店の中である。お世辞にも決して綺麗とはいえないが、アットホームで人情味に溢れている。「ほっ」とする空間だ。この肩肘張らない感じがいい。

「いらっしゃい」とお店の大将と女将さんが迎えてくれる。まだ時間も早いせいか他に客は居ない。カウンターの端に陣取った我々にさらりと軽妙洒脱な言葉を投げかけながら、早速仕事にとりかかる大将。まず始めに、と酒のアテに出されたのがシッタカ(尻高)だ。楊枝でくりくりっと貝を回しながら身を取り出して口の中に放り込む。「!」これがまたすこぶる旨い。新鮮なのだろう。臭みは全くなく、口の中に貝の旨みと磯の香りが充満する。目をつむると、口の中は「海」である。

館山 一五鮨

「しったか」(ニナ貝)

地方によって「ばていら」、「ガンガラ」「しただみ」などとも呼ばれる。酒の肴に最高。

館山 一五鮨

ソウダガツオの刺身。

そして次に出てきたのがソウダガツオ。鮮度が落ちるのが早いために中々市場には出回らないのだという。脂が乗っていてかなり旨い。そこらへんのカツオよりも上を行く味だ。そしてサザエ。両手のひらよりもなお大きい立派なサザエだ。3~4年ものだろうか。コリッコリとしていながら硬すぎることもなく、醤油が絶妙にマッチする。

館山 一五鮨

サザエ

館山 一五鮨

キンアジのたたき

キンアジなるものに初めてお目にかかった。下ろす前に見せてくれたのだが、なるほど、名前の通り魚体が金色に美しく輝いている。その味はというと・・・ねっとりと甘みがある中に一本抜けた旨みがあって、まさに上の上。今まで食べていたアジはなんなのかと、大げさにではなく思ってしまうほど。今まで、鯵を食べて美味しいと思ったことがない方は、「キンアジ」を見つけたら是非一度試してみて欲しい。(常に入荷があるわけではないので、お店に要問合せ)。鯵に対する概念が少し変わること請け合いだ。

キンアジ

金色に輝く「キンアジ」

館山 一五鮨

ほうぼうのお刺身

館山 一五鮨

ハコフグの包み焼き。

「いつもあるわけじゃないんですよ。」と言って特別に出してくれたハコフグの包み焼き。ほんのり苦い内臓と味噌が淡白な身と相まって、極上の風味を作り出す。あまりの美味しさに、一度箸をつけたら、硬くて食べられない独特の六角形をした鱗の他は何も残らない。日本酒にぴったり。

館山 一五鮨

館山 一五鮨

館山 一五鮨

食べたいといったら特別に供してくれた「まかない」の天ぷら。さくさく、じゅわーと口いっぱいに海の味。

館山 一五鮨
館山 一五鮨
館山 一五鮨

その寿司屋の腕を見たかったら「コハダを食え」というのは先人の教え。安価な割りに手間がかかり、儲けには繋がらない事からこそ、コハダの処理をきちんとしているところは「いい」寿司屋だといえる。酢がきつすぎず、上品な甘みを持ち口の中でほろほろと旨みがこぼれていく絶品コハダ。

館山 一五鮨

女将さんの愛情こもった魚のアラの味噌汁。これがまた旨い。

一期一会

食は雰囲気であり、趣きであり、素材であり、技術だ。どこかの「名店」の白木輝く清潔な店内。高級な素材。おくゆかしい応対。極上の味。それはそれで当然素晴らしい。誰もが「名店」と呼ぶようなお店には欠かせない条件なのかもしれない。しかし、店内がざっかけであろうが、盛り付け皿に特別なこだわりがなかろうが、食の純粋な楽しみは、舌が喜ぶこと。心と体が喜ぶことだ。心の奥底まで満足して、食べ終わった後、「ごちそうさま」と共に思わず心からの「ありがとう」が客側の口から自然に出てしまう、それこそが本当の名店だと思うのだがいかがだろうか。一五鮨。まさにそんなお店である。客と店、客と客の一期一会。食す側と作る側、素材と作り手、食べ手の一期一会。千葉県館山市に「一五鮨」あり。決して万人向けのお店ではないかもしれないが、大将や女将さんと一度波長があったなら、必ずや美味しいものを食べさせてくれる安心のお店だ。「あまり変に期待されてお客に来られても困る」という大将。実直で、ひょうきんで、芯の通った人柄に魅せられて通う常連客も少なくないだろう。初めて訪れる方は、過度な期待はせずに、ひっそりと静かにお店の雰囲気を壊さないように訪れてみてほしい。確かな腕を持った新潟生まれの気さくな大将が、新鮮な素材と共に迎えてくれるだろう。

館山 一五鮨

四方山話をしながら、ふと大将が呟いた「自分が食べたいと思うようなもの以外は決して客には出さない」という言葉が頼もしい。こんなお店がある限り、日本の外食産業はまだまだ大丈夫だ。楽しい笑いに包まれて、美味しい夜は更けていった。

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館山・一五鮨(いちごずし)

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Japan Web Magazine 編集部

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