白神山地の原生林
公開日: 2015年6月1日 | 最終更新日 2015年6月2日
見渡す限り、どこまでも続く白神山地の手つかずの原生林。それは、個々の木々の集まりというよりも、一体化した何かの巨大な生命体のように、圧倒的な質感を持って迫りくる。
青森県側の面積126.3平方キロメートル、秋田県側の面積約43.4平方キロメートル、合わせて169.7平方キロメートル(約1万7千ヘクタール)のエリアが、1993年に、「法隆寺と周辺地域の仏教建造物」「姫路城」「屋久島」と共に日本で最初の世界遺産として登録された白神山地。登録されたエリアだけでも、約170平方キロメートルという広大な面積だが、外側の緩衝地帯も含めた「白神山地」の全体の広さは約1300平方キロメートル(13万ヘクタール)にも及ぶ。これは沖縄の本島がすっぽりと入ってしまう面積だ。
その広大な面積の中に、手つかずのブナの原生林があり、小川や滝があり、数々の動物たちが生息している。ここでは、人間さえも「生き物」の一つでしかない。むしろ、身一つで一人で迷い込んでしまったなら、森の中の生態系ヒエラルキーで見たら、とても一番上で威張った顔をしていられないだろう。トウホクノウサギやヤマネなんかのかわいらしい生き物がいる一方で、ツキノワグマやヤマカガシ、マムシなんかも生息しているからだ。
この白神山地の命溢れる豊かな森は、極相状態の生態系が見られる貴重なものといわれている。極相状態とは、生物の集まり、特に植物の集まり(群生、群落)が長い年月を経て、生育競争を繰り返す中で、環境により適した種類のものたちが一定のバランスの元で各々存在しているという状態で、生物群集(生態系)の移り変わりの過程の中の最終段階で見られる平衡状態のことだ。
白神山地の森でいうならば、木々がどんどんと生い茂っていく中で、日照の少ない日陰でも生息可能なブナやミズナラなどの木が次第に森を占有し、樹種の更新が少なく、森としての変化があまり見られなくなった状態で、この状態に至るためには、気候や土壌などの環境条件や、人の手が入らないことなど、様々な条件が必要となる。
有史以来、人口増加や文明の発達に伴ってどんどんと山が切り拓かれていく中、一見、自然が今も多く残されているように見えるエリアも、実は人の手の入った森林である場合が多い。その土地の天候や土壌にそぐわない樹種が植林された結果、山崩れなどをおこしやすくなってしまう例も少なくないという。
そんな中、白神山地は今も「自然」な状態で森が残されている希少な場所といえるだろう。
何も情報を持たずに「白神山地」を訪れると、日本のどこにでもある「ただの森」「普通の山」に見えるが、日本や世界の森林の状況や森の変遷を知ると、「ただの森」に見える白神山地の状態が、実はどれほど素晴らしいものであるかに気づく。失ってしまったものは、簡単には返らない。特に長い年月を掛けて成長する木はそれが顕著だ。白神山地の美しい自然が、天然の森が、いつまでも続いてほしいと心から思う。