岩村町本通り

日本の古い町並み~重要伝統的建造物群保存地区

岩村町本通り

江戸時代の香り漂う町

岐阜県南東部の町、恵那市岩村町は、恵那山の南西麓に広がる人口5000人ほどの町。平安時代より美濃国遠山荘の一部であったところで、安土桃山時代頃に町並みとして整備され、江戸時代には、東濃地方の政治、経済、文化の中心として、日本三大山城の1つで女城主の悲哀の城としても知られる「岩村城」下の城下町として栄えた。今も、江戸時代の香り漂う情緒あふれる商家の町並みが良好な状態で残っている。

江戸時代中期から末期に栄えた問屋・木村邸、約260年前に染物業を営んでいた商家・土佐屋、江戸時代から続く商家・勝川家が市の指定文化財となっており、内部が一般公開されている。1988年(平成10年)4月17日には、国の重要伝統的建造物群保存地区に、また「美しい日本の歴史的風土100選」の一つにも選定されている。

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岩村町本通り

町のほぼ中央にある桝形をさかいに、町は大きく二つに分かれ、桝形の東側はかつての城下町の商家が立ち並ぶ町並み、桝形の西側は江戸末期頃から岩村電気軌道の開通した1906年(明治39年)を経て発展してきた町並みとなっている。現在桝形の東側に立ち並ぶ江戸時代に建築された建物はそのほとんどが改修されているが、元々は2階の天井が低く虫籠窓がある厨子二階(つしにかい)と呼ばれる京町家の建築様式で建てられたものが多く、道を挟んでそれぞれ左右に長い敷地割で、大きい家では、敷地内に母屋のほかに離れや蔵などが建つ。

勝川家

江戸時代初めころより「松屋」という屋号で材木や年貢米を扱い商いを営んでいた勝川家は、藩内有数の商家であった家。家屋は、木造2階建て二棟からなる江戸時代後期に建てられたもので、改修され、平成15年8月に「江戸城下町の館 勝川家」としてオープン、内部を無料で見学できるようになっている。座敷に通じる縁は、岩村城の遺構の一部が使われているとか。多いときには3000俵あまりもの米を納めたという米蔵もあり、書院・茶室・使用人部屋などが並ぶ立派な造りは、藩財政に大きく貢献し、藩の重役や藩士が頻繁に出入りしていたという往時の雰囲気を今に伝えている。(休館日:火曜日)

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土佐屋

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今から約260年前に染物業を営んでいた商家。平成8年から復元工事が行われ、平成11年4月に「工芸の館」土佐屋としてオープンした。

木村邸

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木村邸は、江戸時代中期から末期に栄えた問屋・木村家の邸宅。木村家は、藩が財政難に陥る度に御用金を供出して藩を救った為、藩主が直にこの木村邸を訪れるほどに、特別な存在として認められていたという。

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Memo

岩村町富田の打杭峠は、「日本一の農村景観」とも賞賛された風景の望める場所。峠からは岩村町の半分が望め、家屋と周囲に広がる田畑という、日本らしい農村の風景を堪能できる。

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