首里城

首里城

琉球国王の居城

琉球王国の政治、外交、文化的中心であった首里城は、1429年から1879年までの450年間に渡り琉球王国の国王の居城であった城だ。築城年代は定かではないが、発掘調査などで、14世紀の末頃までには築かれていたことがわかっている。高さ120mの丘の地形を巧みに利用して築かれた城は、周囲をぐるりと琉球石灰岩の城壁に囲まれ、内部には正殿・北殿・南殿・奉神門などの様々な建造物が建ち並んでいた。また敷地内には10箇所にのぼる御嶽(うたき)があり、琉球有数の聖地でもある。廃藩置県と戦争、さらに戦後に琉球大学が建設された事により、歴史的に重要な遺構の多くは失われてしまったが、1958年(昭和33年)守礼門が再建されたのを機に首里城再建の機運が高まり、大学移転後に復元は本格化した。

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首里城守礼門

守礼門(しゅれいもん)

守礼門の「守礼」とは字の通り、礼を守る、礼節を守る、という意。「琉球国は礼節を重んずる国である」という意味で、琉球国王は、ここで、中国からの使者「冊封使」を出迎えたとも伝えられている。最初の門は、1527~55年在位の第二尚氏4代目尚清王(しょうせいおう)代に建築されたといわれ、中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で造られている。現在の門は1958年(昭和33)に復元されたもの。

首里城城壁

首里城城壁

最大高さ15メートル、厚さ3メートル、総延長約1080メートルに及ぶ首里城の城壁。琉球石灰岩の切石で作られた城壁は、地形を巧みに利用して作られており、その曲線は見た目にも美しく、かつ堅牢さに溢れる。

首里城からの風景
首里城歓会門

歓会門

「歓会(かんかい)」とは歓迎する、歓びほこる、という意。「冊封使」を歓迎する、という意味でこの名がつけられた。琉球の古語で、「喜ばしいこと」を意味する「あまえ御門(あまえうじょう)」という別名を持つ、首里城の城郭に入る第一の門だ。今は首里城に観光客を迎える門だが、往時は、国王はじめ上級役人、「冊封使」ら外国からの使者等の男性専用の門であった。

首里城

瑞泉門(ずいせんもん)

   

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漏刻門(ろうこくもん)

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広福門(こうふくもん)

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久慶門

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首里城正殿と御庭(うなー)

御庭(うなー)は関係諸官を集めた重要な式典が行われた場所。また中国からの使者「冊封使」との謁見の式典などもここで行われた。

首里城

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正殿内部の玉座(復元)

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首里城跡

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