大朝富士「寒曳山」

日本各地の郷土富士

寒曳山夕景
寒曳山夕景

大朝富士「寒曳山」と言い伝え

広島県の北西部、北広島町大朝にそびえる寒曳山は、別名「大朝富士」とも呼ばれ、大朝のシンボルとして親しまれている郷土富士。
標高825.8m。寒曳山は大朝盆地の北側に位置し、寒い北風「寒引きおろし」をもたらす為に寒曳山と言われるとの説がある。この寒曳山の北斜面には、西日本のスキー場の草分け的存在であるスノーパーク寒曳スキー場があり、広島市から一番近いスキー場として親しまれている。また、山頂まで登山道が整備され、子供でも高齢者でも気軽に登山を楽しむことも出来る。

大朝富士の由来は、今から約700年前 (正和2年:1313年)に戦国大名吉川氏が駿河の国の入江荘吉川(現静岡市清水区)から本拠地を安芸の国大朝の庄に移した際、この寒曳山をふる里駿河の富士山に見立てて、その麓に駿河丸城を築いたのが始まりと伝わる。大朝の吉川氏は安芸吉川の宗家として後、戦国の大大名毛利氏を支え、関ヶ原の合戦後に山口県岩国に拠点を移すまでの約300年間、治めた。吉川氏は毛利氏配下とは言え、支藩として明治維新まで続いた。そのほか大朝には駿河に縁があると思える富士神社(駿河丸城の対面の山裾)があり、駿河丸城の周辺には山奥の土地なのに海の浜を想像させる白砂(しらまさ)の名字が多いのも駿河との関係の名残と考えられている。駿河丸城はそのほかの吉川氏の遺跡群「吉川氏居館跡」の一部として国の史跡に指定されている。

スキーパーク寒曳
スキーパーク寒曳

秋、雲がたなびく寒曳山
秋、雲がたなびく寒曳山

田植後の田んぼに映る春の寒曳山
田植後の田んぼに映る春の寒曳山

情報・写真提供:CC50様

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