北海道日本の冬風景

サンピラー

北海道名寄市

サンピラー

サンピラー(太陽柱)

光の柱

時刻は午前6時。冬の朝はまだまだ暗い。暗いといっても深夜の暗さではなく、紺色の絵の具を、濃度を変えながら刷毛ではいたような色合いだ。東の空はほのかに白み始めている。あたりはひっそりとしていて、通り過ぎる車もない。雪が全ての音を吸い込んでしまうのだろう、残響音のない澄んだ世界だ。雪が日常的ではない身にとっては、雪で占められた早朝の人の居ない世界というのは、どこか不思議な世界。全てが止まってしまったかのような雰囲気と、自分の発する音も含めた全ての音が飲み込まれてしまった様な感覚。ややもすると、どこか異世界に迷い込んでしまったような錯覚さえ覚えるほどだ。気温は-20度くらいだろうか。寒いというよりも痛いという感じだ。身体のあちこちが強張っている。息を吸い込むと、肺の中にまるで氷の女王の吐息の様な冷え切った空気が入り込む。ポジティブに感じれば、気持ちが凛とするような、ネガティブに感じれば、布団の中に潜って湯たんぽを抱えて寝ていたいような、そんな骨の髄にまで滲みるしんしんとした寒さだ。もたもたしている間にも徐々に空が明るくなっていく。少し急ごう。

「ブオン」おもむろに車のキーをひねりエンジンを始動させた。

サンピラー

ここは北海道名寄市。旭川から車で約一時間半、70キロあまり北上した場所にある人口3万人ほどの町だ。

名寄は全国に数ある市の中でももっとも平均気温の低い市の一つ。一、二月の平均気温は-10度前後。最低気温は時に-30度にもなる。そんな気温になると、空気中の水分も凍ってしまう。そして、それに光が反射すると「ダイヤモンドダスト」と呼ばれる現象が起きる。小さな小さな氷の結晶が光を乱反射させながら、空気中をきらきらと舞うのだ。さらにこの小さな結晶がある規則性を持って並んでいる時、そこに太陽光があたると空から地面に向って垂直方向に光芒が浮かび上がるときがある。それが「太陽柱」「サンピラー」と呼ばれる自然現象だ。主に日の出と日没時に見られる現象で、具体的には、板状になった結晶が落下の際の空気抵抗でほぼ水平になって浮かび、それに太陽の光が当たって反射して、柱の様に見える。その為、気温がある程度低い事に加え、風が弱い等の条件がうまく重ならないと見ることのできない珍しい現象なのだ。勘のいい方はもうお解りだろう、そう、ここ名寄は「サンピラー」の見られる場所として有名なのである。

夜の名寄市街

名寄市の北東のはずれ、「ピヤシリスキー場」を目指して車を走らせる。北海道の雪、特に内陸部の雪はとてもさらさらしている。本州の雪のように重たさをあまり感じさせない。温度が非常に低いからだ。積み重なって結晶がひとまとまりになるというよりも、ただ後から後から雪の結晶がやって来て他の結晶の上にふわりと乗っかっているような印象。だから風が吹くとさっと宙を舞う。

20分ほど車を走らせると、目指す「ピヤシリスキー場」が見えてきた。この「雪質日本一」を謳うスキー場はサンピラーが見られる場所として有名だ。駐車場に車を止め、外に出る。先ほどよりも明るくなってきたとはいえ、太陽はまだ山の向こうだ。気温はほとんど変わらない。いや、むしろ町から外に出てきた分寒いかもしれない。ガラスの様な冷気が首元をかすめていく。手袋をはめ、装備を整えてから白銀の世界の中へと歩き始めた。当然、営業前でリフトは動いていない。建物の前を左に折れ、ゲレンデの端を登り始める。最大斜度35度のゲレンデの滑走部分はすでに整地されていたが、端のそうでない部分は雪が降り積もったそのままになっている。時に膝まで雪に埋もれながら、そこを一歩一歩登っていく。

寒々しくも美しい風景。その白さの中に、背中にこびり付いた自身の汚穢さえ浄化されて綺麗になっていく気がする。ふと林の中を見ると、キツネの足跡だろうか。雪面に動物の足跡がついているのが見えた。この寒さの中、彼らは一体何を食べて生きているのだろう。どんなところに寝起きしているのだろう。凍えてしまうことはないのだろうか。そんな事をぼんやり考えながら、足を進める。次第に息が上がり、身体が温かくなってきた。ついさっきまであれ程寒かったのに、上着を二枚脱ぎたいほどに身体が火照ってきた。右斜め後ろを振り返ると、山の稜線が光り始めている。もうすぐ、太陽が顔を出す。

名寄
サンピラー

さらに登り続ける。雪に足を取られながら、歩を進めていく。登り始めて40分ほどだろうか。急だった斜面がゆるやかになり、登るのもだいぶ楽になった頃、何かを感じて右後ろを振り返った。

それは、まるで神が舞い降りてきたかのように高貴で荘厳なけわいを纏いながら出現した。太陽が山の向こうから顔を出して数秒後、始めはぼんわりと、そして次第にくっきりと。光をまばゆく放ちながら一箇所に固まって宙を舞う妖精の様に、それはそこにあった。ずれる事のない光芒がそこに存在していた。それはまさに「光の柱」。天空から地に向けて放たれた矢の様に空気を切り裂いて、そこに屹立していた。大いなる自然の創造物。人造の美しさとは一線を画す、魂の奥底が呼応するような清らかで崇高な美しさ。発そうとした言葉は飲み込まれる。感覚器官としての肉体は消えてしまい、ただ「意識」だけがそこにあった。

サンピラー

    

サンピラー
サンピラー

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基本的に気象条件さえ合えば、サンピラーはどこでも見える可能性はあるが、国内ならやはり冬の北海道で見られる可能性が高い。とはいうものの、道内でもサンピラーが見られる場所は限られてくる。その中で名寄ピヤシリスキー場はサンピラーがよく出現する場所として有名な所。第1リフト、第2リフト降り場付近、ジャイアントコース、その他、時間により現れるポイントが変わる。極寒なので防寒対策は充分に。

名寄ピヤシリスキー場

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その他のサンピラーが見られるポイント

いずれもサンピラーが見られるポイントとして知られるところだが、地元の人でもサンピラーを見たことがない人も多い。出現回数は年に数回。それほどサンピラーは希少な気象現象なので、運と辛抱強さも必要。

Japan Web Magazine 編集部

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