海のある風景
公開日: 2008年3月3日 | 最終更新日 2022年11月2日
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日本各地の海
山がちな地形を持ちながら、同時に四方を海に囲まれた海洋国でもある日本。海から一番遠い地点でも、海岸線から僅か115km。どんなに内陸部に行ったとしても、直線で115キロで海に到達してしまう。これは勿論、狭く細長い国の形ゆえでもあるが、海がない内陸国や海岸線まで何百km、何千kmといった国土を持つ国に比較すると、それだけ海が身近にあるということでもある。ちなみに日本の海岸線の総延長は約34,500km。面積なら世界で60位の日本も、海岸線の総延長だと世界6位の数値を誇るのだ。(県別でみると、1位北海道・2位長崎・3位鹿児島)。今更ながら、数値的に見ても改めて海は日本と切っても切れないものであることを認識するのではないだろうか。
一口に海とはいっても、北はオホーツク海から、太平洋、日本海、瀬戸内海、東シナ海にいたるまで、それぞれの緯度や海域を流れる海流、深さ、地形、そして季節や気候、時間帯によって著しく違った表情を見せる。私達の生活に様々なシーンで関わる母なる「海」。そんな海の風景をお届けしよう。JWMセレクション日本各地の「海のある風景」。
老人と海
その海岸では、優しそうな顔をした老人が一人海を眺めていた。頭にタオルを巻いて、手にはたばこを持って、そうしてずっと座っていた。時折たばこをくゆらす以外はほとんど動くこともない。2月とはいえ、さすがに南国沖縄、ぽかぽかと暖かい日差しが、五月のような爽やかな風と共に空気を仄かに虹色の香りにしながらあたりに降り注ぐ。静かな海は、波一つ立てずにさらさらと揺れていた。そのまま全てが止まってしまっても何も不思議はないような、穏やかで緩やかな時。透明な水は何かの模様になって、そして目の前できらきらと消えてゆく。やがて、じっと透き通った海を眺めていた老人が立ち上がり、何か一言呟いてゆっくりと歩き出した。その後姿には、喜びでも哀しみでもない何かが滲んでいた。人はきっと一生お互いに分かり合うことなんてない。それでもふとした瞬間に何かが心をかすめていく。そしてそれが去った後には、何かの懐かしさのような小さくて優しい光が心の隅を照らし出す。人はそうして息をする。風のように揺れながら。花のように濡れながら。
屋久島 ウミガメのふるさと
800メートルほどの美しい砂浜が続く「永田いなか浜」は屋久島の西北部にある。ここは一説には地球を半周するともいわれている海の旅人「ウミガメ」の日本一の産卵地でもある。5月下旬から7月にかけて砂浜に上がってきたメスのウミガメによって産み落とされた百個ほどの卵は、二ヶ月ほど砂の中で過ごした後、孵化する。孵化したばかりの小さな小さな子ガメたちは迷うことなく海に向かい、遙かな旅に出るのだ。一人で生まれ、一人で旅に出る。なんと逞しい事だろう。
鳴門海峡
世界三大潮流の一つにも数えられる鳴門の渦潮は、潮の干満により、紀伊水道を通って太平洋から瀬戸内海に流出入する海水が、鳴門海峡を通る際に、潮流の速さの違いにより、浅瀬の水を巻き込むことによって発生する海の大スペクタクルだ。まさに巨大なスケールの流れるプールみたいなものなのだ。大潮の時にはその最大直径は20メートルにも及ぶといい、通常時でも、自然の力の大きさを目の当たりに出来る迫力だ。しかし、そんな鳴門海峡も、浜から見るととても穏やか。海の青さとたなびく雲が美しい。
夕日のオホーツク海
輝きはきっと突然やってくる。思いもしない方向から。懐かしさと、ひりりとした小さな棘のような痛みを連れて。角を曲がった瞬間に、飛び込んできた光景は、全細胞の活動を、停止させてしまった。美しさは、ハラハラと散りながら、時間をゆっくりと凍らせていく。黄金の輝きは、小さな叫びとなって心臓を貫いた。切なさは光弾となって、身体をうち抜いてゆく。記憶は解けゆく。逆さに消えゆく。電光石火の哀しみは、そっと静かに息を呑む。黄金色の煌めきが、世界を染めてしまう前に。
西彼杵半島
長崎県西彼杵半島(にしそのぎはんとう)から平戸、そして五島列島のあるエリアは、かつて苛烈な弾圧の最中でも信仰を失わなかった隠れキリシタンと呼ばれた人々の多く居た所だ。人は時に、感動的なまでに強い意志を発揮する。死を賭してでも信念を貫く。1人の人間の死は、身近な誰かにとって衝撃的な筈なのに、それを知らない誰かにとっては、何も感じることがないのは何故なのか。それを守り抜いてさえ、苦しみは依然続いても、いつかを望み、雲を見て、手のひらを合わせ、空に行く。そこにあるのは何なのか。人はどこまで信じ続けることが出来るのか。海はただ、寄せては返す。人々の喜びも悲しみも苦しみも安らぎも全て飲み込んで。
初夏の襟裳岬
午前四時二分、東の水平線の彼方から太陽が顔を出した。夜は西の空へと帰りゆき、朝が眩しく目を覚ます。空は徐々に明るくなり、闇はどこかへ消えてしまった。光は遠慮がちに世界にひろがってゆく。美しい色の粒子があたりを舞いながら散らばってゆく。眠っている間にも、目を瞑っている間にも、世界はこんなにも美しい。
越前海岸
岩に当たって砕けた波は、白い沫となって、そして消えていく。後から後からやってきて、後から後から消えてゆく。まるで何かの意思を持ったように、厭かず弛まず繰り返す。右に行き左に行き、前に出て、後ろに戻る。うす曇の空の下、鈍色の風を含みながら、空気は徐々に青灰色に変わっていった。時折穏やかな笑みをみせながら。
鳥取砂丘から見る海
海をこの高さの砂浜から見下ろすというのは、考えてみれば経験したことのない風景だ。海際にいる人々が豆粒の大きさに見えるほどに、砂丘は高い。見渡す限りは砂砂砂。一体どれだけの数の砂があるのだろう。この砂丘の砂の数だけ、砂丘があったとして、その砂を全部集めたら一体どれ程の数になるのか。子供の頃に読んだ大きな数字の絵本の話をふと思い出した。
夕暮れの枕崎
日本一の鰹節の産地として有名な鹿児島県枕崎市。薩摩半島南西部にあるこの町は、古くから漁業で栄えてきた。黒潮が一番最初にやってくる場所でもある。風にそよぐススキを照らし出しながら、東シナ海を染める夕日は、ゆっくりと雲間に隠れていく。今日の終わりは明日の始まり。東シナ海の水はおだやかに揺れる。
東京湾師走
年間およそ二十八万隻(二〇〇五年、国土交通省統計)の船舶が入港する東京湾。一日あたり実に767隻も船が行き交っていることになる。東京湾を望む城南島海浜公園。午前五時。朝日が昇ってきた。羽田空港のすぐそばにあるこの公園で眺めていると、大型船から小型の漁船にいたるまで大小さまざまな船がひっきりなしに行き交うのがわかる。普段、陸に暮らしている人間にとっては、想像もしないことだが、海の上でもこうして一日は始まっていくのだ。
伊豆 下田の海
11月の下田の海は、秋の空を反射して濃い青色をしていた。岩のすぐ間際まで、その青の濃さは続いていて、白波が沫と砕けているのが、その深さを示しているようだ。抜けていく風は寒すぎず心地よい。悩みは美しい景色を見たところで消えてしまう訳ではないが、ほんの一瞬だけでも、脳が解放される、それでなんとかやっていける。今日ここに、波はよせ、明日は明日の風が吹く。きっとそんなものだろう。全てが終わってしまったら、それさえ夢のようだろう。
流氷
凍る海、それは見慣れない人々にとっては、それなりに衝撃を伴う光景だ。普段、滑らかに水を切って漁船が出入りし、岸壁から見下ろせば、数知れぬ小魚が群れをなして泳いでいる、そんな港も、冬の知床ではがっちりと凍ってしまう。押し寄せた流氷が固まるのだろうか。それとも湾内の水の静かな部分から次第に凍っていくのだろうか。港内は、音までも凍ってしまったかのように、ただ静寂に包まれている。