三保松原

三保松原
三保松原の「神の道」

天女の羽衣

「松」・・・裸子植物。クロマツ、アカマツを始め、約115種類を数える、マツ科の針葉樹の総称。小さく育てられ盆栽としてめでられるほか、その樹脂「松脂」は香料や滑り止めとして利用される。縁起物の象徴、「松竹梅」の筆頭として尊ばれ、一方で風や波をよけ、家屋や人を守り、庭に威風を与える。長唄や謡曲にも歌われ、線路の枕木にもなる。燃料になり、食料になり、建材になる。まさに八面六臂の大活躍。そして。何と言っても、松ほど、日本の海岸に似合う木はほかにないだろう。

三保松原(みほのまつばら)は虹ノ松原(佐賀県唐津市)、気比松原(福井県敦賀市)と並び「日本三大松原」と称される風光明媚な景勝地。象徴的な日本の海岸の木である松林と砂浜が美しくどこまでも続き、その向こうに富士山を望むという雄大で典雅な風景は古来より多くの人々の心を捉えてきた。大正5年には日本新三景の一つに選ばれている。

三保松原

およそ5万4千本の松の木が約7キロに渡って茂る。

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「羽車神社」

別名を「羽車磯田社」とも言う御穂神社の別社。

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御穂神社

地元の人々から「三保の明神さん」と親しまれる御穂神社は、海岸から500メートル続く松並木の先にある。「羽衣伝説」ゆかりの社で、境内には天女の羽衣の切れ端と伝えられるものが安置されている。戦国時代以降数々の武将から崇敬を受けた神社で、かつては大社であったという。

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三保松原

三保の松原から続く松並木

   

樹齢およそ200年~300年といわれる松が整然と並ぶ。「神の道」と呼ばれる御穂神社への参道。

    
三保松原

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三保松原

三保全体(現在では住宅地や工場が並ぶ)が松で覆われていた江戸時代は、清水湊を挟んだ対岸からは、さながら海に浮かぶ松の島のように見えたという。

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三保松原と富士山

靄の向こうに富士山がかすむ。

三保松原

羽衣伝説

昔々、漁師の伯梁が三保の松原を歩いていると、松の木に美しい衣が掛かっていました。それは大変上質で透けるような生地。伯梁はそれを持って帰ろうと松の木から衣を取り立ち去ろうとすると、どこからともなく天女が現れて、「それは私の衣です。それがないと天へと帰ることが出来ません。どうか返してください。」と頼みます。それなら、なおのこと返すことは出来ないと伯梁が言うと、天女は嘆き悲しみました。それを見た伯梁が、「天の舞」を見せてくれたらと条件をつけて返すと、天女は喜び舞を舞いました。が、やがて煙の様にいずこへと消えてしまいました。

謡曲「羽衣」より

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三保松原

三保松原

天女が羽衣をかけたと伝えられる松「羽衣の松」と朝日。「羽衣の松」は樹齢およそ650年といわれる。

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三保松原

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海岸から500メートル続く松並木の北にある神社。

三保松原に設けられた特設能舞台で、羽衣の松を鏡板に、能「羽衣」などが上演される。


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三保松原

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